壊れた心

第27回東京国際映画祭 コンペティション作品

スラム街の犯罪者たちを描いた奇妙な映画

27th_TFF_Flyer

 フィリピンのマニラにあるスラム街に流れ着くように寄り集まった、年齢も出身も異なる男たちと女たち。その顔ぶれは、犯罪者、娼婦、愛人、友人、ピアニスト、そしてゴッドファーザー。犯罪者である日本人の男は、暴力を振るわれている女を助けて逃げ出した。だがその行く手に何があるのか。スラム街で力を振るうゴッドファーザーは、手下を使って邪魔者を始末する。馬のマスクを被ったまま、スラムの中をどこまでも歩く男。通じているのかいないのかわからぬまま、車の中で繰り返される馬鹿話に大受けする仲間たち。互いの素性もわからぬまま逃げる男と女の言葉の通じない語らいと、それが生み出す愛の時間。スラムの住民。子どもたち。墓場に逃げ込んだ男と女は、自分たちを追う刺客として友人が現れたことに驚き、しかしそれを当然のことのように受け入れる。女は死に、男も殺し屋の前に倒れる。だがすべてのドラマは喧騒の中に埋もれて行くのだった……。

 あらすじをまとめながら、じつは自分でもぜんぜんこの映画の内容がわかっていない……ということを痛感させられる。この映画には通常の映画のような「ストーリー」も「ドラマ」もないのだ。映画の背景には何か大きな物語があるらしい。しかし映画はそこから切り取られた断片の集積で、映画を観ていても大きな物語そのものに直接触れることはできない。映画の印象は「1時間13分の予告編」だ。大きな物語に直接触れられず、そこから切り取られた映像の断片だけがあるという点がよく似ている。しかしこの映画は予告編としてもわかりづらい。「観客にわかってもらおう」という欲がなく(少なくとも映画の予告編には必ずそれがある)、説明的な字幕もなければ、映像的な見せ場となるクライマックスシーンの抜粋も、観客の感情を煽る惹句もない。すべての映像は全体の中での位置づけが曖昧なまま、無造作に観客の前に放り出された匿名の映像素材のように見える。

 映画のキーパーソンとなる「犯罪者」を演じるのは浅野忠信だが、彼は劇中で日本語を話している。しかしその日本語を解する登場人物が、映画の中には最後まで誰も登場しないのだ。この映画の中には、登場人物同士の言語によるコミュニケーションが成立しない。では他の何らかのものでコミュニケーションが成立しているかというと、それも特に無いように思える。この映画は最初から最後までコミュニケーション不在なのだ。そして映画と観客との間のコミュニケーションも、同じように閉ざされたものになっている。浅野忠信という見慣れた俳優が出演していても、観客が彼の演じるキャラクターに感情移入するとは思えない。それどころかこの映画の中の誰にも、感情移入できないのではないだろうか。クリストファー・ドイルの撮影にはある種の「懐かしさ」を感じたりもするが、この映画が面白いかといえば断じて面白くはない。おそらく日本未公開になる映画だろう。

(原題:Ruined Heart: Another Lovestory Between a Criminal & a Whore)

TOHOシネマズ六本木ヒルズ(スクリーン3)にて
配給:未定
2014年|1時間13分|フィリピン、ドイツ|カラー
公式HP: http://2014.tiff-jp.net/ja/lineup/works.php?id=27
IMDb: http://www.imdb.com/title/tt2668150/

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Google フォト

Google アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

%s と連携中