ゴーン・ガール

12月12日(金)公開予定 TOHOシネマズ日劇ほか全国ロードショー

結婚記念日に妻が消えた。大量の血痕を残して……。

ゴーン・ガール

 ミズーリ州の小さな町で、ある日突然ひとりの女が消えた。彼女の名はエイミー。5回目の結婚記念日の朝のことだった。夫のニックは警察を呼ぶが、室内には荒らされた様子があり、あちこちに血痕を拭き取った跡も残っている。何か重大な事件が起きたに違いない。こうした場合、真っ先に疑われるのは身近な人間。つまり夫のニックだ。彼が妻を殺して、失踪を偽装したのか。エイミーが有名人だったこともあって、この「失踪事件」は全米に報道される。ニックは自分でも何もわからないまま、「妻殺し」の重要な容疑者として人々の好奇の目にさらされることになってしまった。エイミーは自ら失踪したのか? それとも誰かに殺されたのか? ひょっとしてこれは、結婚記念日にエイミーが出す恒例の「なぞなぞ」だろうか。だとしたらあまりにも悪趣味だ。だがこの時ニックは家族や警察にも話せない重大な秘密を抱えていた。それがさらに彼を不利な状況に追い詰める。

 ギリアン・フリンの同名ミステリー小説を、デヴィッド・フィンチャー監督が映画化している。原作者のフリンは脚色も担当。主演はベン・アフレックとロザムンド・パイク。物語は3部構成で、第1部が夫ニックの視点、第2部がエイミーの視点、第3部が再びニックの視点になる。この手のミステリー映画の場合、観客に「本当は夫が妻を殺したのでは?」と思わせるのが常套手段だが、この映画ではそうした手法をとっていない。観客は最初からニックの視点と同化し、妻の失踪に戸惑う彼と共に事態の進展に固唾を呑むことになる。ただしそうそう一筋縄では行かないのも、この映画の面白さなのだが……。映画を観ながら「先が読めた」と言う人もいるだろう。じつはこの映画、基本的なアイデアは1990年代に作られたあるミステリー映画と同じなのだ。しかし今回の映画でテーマになっているのは、事件そのものより、そのことで浮かび上がる複雑な人間関係のあやだ。

 例えばこの映画では、田舎町のミズーリと大都会ニューヨークの人間たちが対照的に描かれる。ニックはミズーリの人間で、エイミーはニューヨークの人間。ニックやその家族を取り囲む田舎町の人間模様は、良くも悪くも人間くさい温かい血が通っている。だがエイミーにはどこか冷ややかなところがあり、その両親に至っては何を考えているかわからない異星人だ。お高くとまった社交界の顔ぶれや、恥知らずなテレビ司会者も含め、古き良き素朴なアメリカ人であり続けるミズーリと、人工的で人間味のないニューヨークがぶつかり合う。その結果生み出されたのが、ここに描かれている事件なのだ。映画からは田舎の人間が持っている都会への憎悪と恐怖や、都会の人間が持つ田舎への蔑視が浮かび上がってくる。田舎の人間と都会の人間は、まるで別の国に住んでいる人間であるかのようだ。エイミー役にイギリス人のパイクがキャスティングされているのはそのせいだろう。

(原題:Gone Girl)

20世紀フォックス試写室にて
配給:20世紀フォックス映画 パブリシティ:メゾン、アンリミテッド
2014年|2時間29分|アメリカ|カラー|2.35:1|ドルビー
公式HP: http://www.foxmovies-jp.com/gone-girl/
IMDb: http://www.imdb.com/title/tt2267998/

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