案山子とラケット 〜亜季と珠子の夏休み〜

4月4日(土)公開予定 イオンシネマ板橋ほか全国ロードショー

小さな村に東京から女子中学生がやってきた!

案山子とラケット 〜亜季と珠子の夏休み〜

 中学3年生の亜季は、1ヶ月ほどまえ島に引っ越してきた。勤めていた商社リストラされた父は、突然「農家になる」と宣言してひとり東京から島に移り住んで母とは別居することになった。おそらく遠からず離婚するだろう。亜季は同じ村から中学に通う同級生・珠子と親しくなる。亜季が東京の中学でソフトテニス部に入っていたと聞いた珠子は、「わたしにも教えて」と言いだした。それはいいけど練習場所は? 山間部の村にソフトテニスができそうな場所はほとんどない。亜季と珠子は廃校になった小学校の校庭を自分たちで整備し、ふたりで試合に出るため学校に届けも出した。当座のコーチは、東京から呼び出した亜季の姉だ。村役場にはこれを面倒に感じる職員もいたが、かつてソフトテニス選手だったという臨時職員の協力もあり、元小学校の施設が正式に練習場所として借りられることになった。こうして亜季たちの活動が、少しずつ周囲の大人を巻き込んでいく。

 競技人口がやたら多いのに、あまり映画やドラマなどメディアで取り上げられることがないソフトテニス。本作は「ソフトテニスの映画を作る」ことが企画の出発点だったそうだが、同時に思春期の少女たちの友情と成長を描く青春映画であり、長引く不況の中で壊れた家族が修復されていく物語でもあり、過疎地が若者たちの活躍で活性化していくドラマでもある。映画には誰も悪人が登場しない。腹黒い人も、ズルイ人も、計算高く世の中を渡っていこうとする人も登場しない。そんな人が登場しなくても、今の日本は十分生きるに困難な社会になってしまっているのだ。人口減少と高齢化が止まらない地方の中にポンと中学生を放り込めば、そこには否応なしに苦しい現実が待ち構えている。じゃあそれがソフトテニスで甦るのか? それはわからない。映画は現実を映す鏡であると同時に、ファンタジーでもあるからだ。でもそのファンタジーも、まったくの嘘では成立しない。

 この映画に登場する村は、主人公たちのソフトテニスをきっかけにして大きく変わっていく。でもそれは「若者が何かをして社会が変わる」のではなく、「何かをしようとしている若者を大人が応援することで社会が変わる」という描き方になっている。これが映画の中心にある大きなテーマだ。タイトルにある「案山子(かかし)」はさだまさしの同名曲から引用されたもの。若者に対してあれしろこれしろと命令したり、あそこが悪いここが悪いと説教するのではなく、ただ黙って心配し、見守り、困ったときには手を差し出そうとする大人の姿を歌った曲だ。日本社会は高齢化している。衰退しつつある。それに対して「最近の若者は元気がない」と不平を言っても仕方がないではないか。そもそも若者の人数が少ないのだから、声を上げても小さな声にしかならない。それを大人が拾い上げて、なるべく手を差し伸べていくことだ。それで世の中は、少し変わるかもしれないぞ。

DNPシアタールームにて
配給:イオンエンターテイメント 宣伝:ディーライツ
2015年|1時間40分|日本|カラー|ヴィスタサイズ|5.1ch
公式HP: http://www.kakarake.com/
IMDb: http://www.imdb.com/title/tt4474618/

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