パージ

7月18日(土)公開予定 TOHOシネマズ日劇

今夜は殺しもOKです。さあ殺そう!

パージ

 今からそう遠くない未来。社会格差の拡大と犯罪率の上昇に悩まされていたアメリカは、画期的な新制度を導入してその撲滅に成功する。それは「パージ(浄化)」と呼ばれる年に1度のビッグイベント。その日の夜7時から朝7時までの12時間に限り、殺人を含めたあらゆる犯罪が容認されるのだ。人間を抑圧している暴力衝動を解放することで、犯罪率は1%にまで低下。富裕層は自宅を要塞化してこの日に備えるが、ホームレスや低所得者階層は身を守るすべがない。パージは文字通り「貧困撲滅」の特効薬となり、社会格差も解消した……。警備会社の営業マンとして富裕層に自宅警備システムを売りまくっているジェームズは、自宅も完全要塞化してその日に備えていた。だがパージ開始前に娘のボーイフレンドが家に入り込み、ホームレス狩りから逃れた男も家に救助を求めてきたのだ。やがてジェームズの家に、逃げたホームレスを追って十数名の武装集団が殺到する。

 失業率や犯罪発生率を低下させる見返りに、限定的に暴力が容認されているディストピア……。これは今までも多くのフィクション作品で取り上げられている世界だ。例えば映画なら『ローラーボール』(1975)がそうだろうし、日本の作品なら『イキガミ』(2008)も同じだ。『バトル・ロワイアル』(2000)や『ハンガー・ゲーム』(2012)も同傾向の世界だろう。そこでは現実の世界で「殺人」とされる行為に、何らかの大義名分が付いて正当化される。『パージ』において、それは「精神の浄化」や「社会の浄化」だ。なんとそこでは、殺される側の魂すら浄化されるのだという。「殺されるとその者の魂が救われる」とはどこかで聞いた理屈だ。そうそう、オウム真理教が「ポア」という言葉で殺人を正当化していたっけ。結局人間は自分自身の用いる「悪」を、そのままでは受け入れられないのだ。だからそこに何かしらの理屈を付けて正義だと言い繕う。

 イーサン・ホークが出演しているが、全体としてはひどく安上がりな映画だ。しかしそれでも、この映画は観ている者の心に刺さる。登場する「パージ」という制度に憧れる人はあまりいないと思う。銃器の所持が制限されている日本では自分が「殺す側」になることをイメージできず、制度があれば自分たちは真っ先に「殺される側」になると考えるに違いない。いや、この映画の中でも、普通の人たちはみんなそう考えるようだ。そして「自分や家族」が生き延びるために、他人が加えられている危害については見て見ぬ振りをする。それどころか自分たちが殺されないためなら、他人の命を差し出しても構わないとさえ考える。外で助けを求める男を主人公の息子が家の中に保護したとき、観客の多くは「なんで余計なことを!」と思ったのではないだろうか? そのときじつは観客も、「生き延びるために他人を見捨てろ」という映画の中の利己的な価値観を共有しているのだ。

(原題:The Purge)

東宝東和試写室にて
配給:ユニバーサル映画 配給協力:シンカ、パルコ 宣伝:スキップ
2013年|1時間25分|アメリカ|カラー|スコープ|デジタル
公式HP: http://purge-movie.jp/
IMDb: http://www.imdb.com/title/tt2184339/

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