チャイルド44 森に消えた子供たち

7月3日(金)公開予定 TOHOシネマズみゆき座

事件の真相究明は国家に対する反逆である!

チャイルド44 森に消えた子供たち

 1950年代のソ連。第二次大戦中にひょんなことから戦争の英雄となったレオは、MGB(国家保安省)の捜査官として反体制派を取り締まるエリートコースを歩んでいた。だがひとりの少年の死が、彼と妻の運命を暗転させる。上司に呼び出されたレオは、戦友アレクセイに対して彼の息子が鉄道事故で死んだことを納得させろと命じられるのだ。「ヤツと家族は息子が殺されたと騒ぎ立てている。だが共産主義の理想国家に殺人事件など存在してはいかんのだ!」。釈然としないながらも、この任務を受け入れるレオ。彼の心の中には国家体制への疑念が芽生えるが、やがてそれを決定的にする事件が起きる。スパイ容疑で逮捕された男の口から、協力者としてレオの妻ライーサの名前が出されたのだ。レオに求められたのは妻の逮捕と告発。レオは苦悩の末にこれを拒絶してエリートの地位から転落。だが赴任先となった地方都市で、彼は再び猟奇的な少年殺人事件に出くわす。

 トム・ロブ・スミスのベストセラー小説「チャイルド44」を、スウェーデン出身のダニエル・エスイノーサが映画化したサスペンス・スリラー映画。製作はリドリー・スコット。物語に登場する連続殺人犯は、『ロシア52人虐殺犯/チカチーロ』(1995)というテレビ映画にもなった実在の殺人鬼アンドレイ・チカチーロがモデル。実際のチカチーロ事件が1980年代前後に起きているのに対して、本作では事件の発生時期を1950年代前半に移している。それは第二次大戦による勝利のがまだはっきりと記憶され、共産主義体制のソヴィエト連邦が世界中から「理想国家」と見られていた時代。カリスマ的な指導者スターリンがまだ健在で粛清の嵐が吹き荒れ、それに対する批判が一切許されなかった時代。「ソ連はかくあるべし」という大義名分と国家内部の「実態」が乖離し、人々がその矛盾に苦しめられ圧し潰されていた時代だ。映画はその中で生きる個人を描く。

 映画は犯罪ミステリーのようでいて、じつはそれとはまったく違うものなのだ。ここに登場する犯罪は「誰もが普遍的に認めるであろう悪」の象徴。しかし国家体制は自らの体面を守るためにその悪を見逃し、真実を追究しようとする主人公を国家の敵として粛正しようとする。ここでは「子供殺し」という普遍的な悪がその意味を失い、普遍的な悪を糾弾しようとする者たちが国益に背く反逆者として処罰される。とんでもない倒錯だが、建て前の上ではそうした倒錯を、主人公も含めたあらゆる人々が支持していることになっている。この閉塞感。息苦しさ。生ぬるく濁った狭い水槽の中で、おびただしい金魚が水面に浮かんでぱくぱく息をしているような風景だ。だがこの閉塞感と息苦しさは、今の日本にも少しずつ忍び寄っているものではないだろうか。個人の自由や尊厳が国家権力によって簡単に蹂躙されるこの映画の世界は、現代社会を映し出す「寓話」になっているのだ。

(原題:Child 44)

GAGA試写室にて
配給:ギャガ
2015年|2時間17分|アメリカ|カラー|シネスコ|5.1chデジタル
公式HP: http://child44.gaga.ne.jp/
IMDb: http://www.imdb.com/title/tt1014763/

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