江南ブルース

10月17日(土)公開予定 シネマート新宿、シネマート心斎橋

権力者の手足として使い捨てられる男たち

江南ブルース

 1970年。ソウルから漢江ははさんで南側にある江南地域は、田や畑が続く広大な農村地帯でしかなかった。だが政府上層部ではこの地域の大規模開発が秘かに決定され、この情報を知る少数の政治家たちが土地の買い占めに奔走していた。このために権力者たちの手足として奔走したのが、地元の暴力団関係者だ。孤児院育ちのジョンデとヨンギはくず拾いで何とかその日の糧を得る最低の生活をしていたが、居住区の立ち退き問題をきっかけに小さな暴力団組織と関わりを持つ。だがふたりは暴力団が請け負った労働組合の破壊活動に駆り出され、混乱の中で離れ離れになってしまった。天涯孤独になったジョンデは正式に暴力団の構成員になるが、その直後に組織同士の対立で組は解散の憂き目となった。数年後。身内のないジョンデを引き取り親代わりに面倒をみてくれたギルスから「堅気になれ」と言われていたにもか関わらず、ジョンデは再び暴力の世界に脚を踏み込んでいく。

 兄弟のように育ったふたりの男が生きるためにやくざの世界に入り込み、対立し合う別の組織の中で頭角を現していくという韓流ノワール映画。上映時間2時間15分の大作だが、登場人物が複雑に入り組むストーリーをうまく処理しているとは言えない。物語の節目となるエピソードが曖昧に処理されてしまうことが多く、ドラマにメリハリがないまま流されてしまうのだ。僕はてっきり、これは映画ではなくテレビ用ミニシリーズの総集編に違いないと思った。でも資料を見る限り、そうした事実はないらしい。韓国では数分長い「完全版」がDVDやBlu-rayで発売されているようだが、この半端じゃない「ダイジェスト感」が数分の追加で解消できるとは思えない。これは最初から、脚本段階で要素を詰め込みすぎなのだ。このドラマをきちんと観客に伝えようとするなら、映画の尺が3時間ぐらいは必要だ。もしくはヨンギのエピソードを思い切って割愛すべきだった。

 映画の狙いとして何がやりたかったのかが、そもそもよくわからない。時代設定を無視してテーマ曲のように何度も使用されるのは、フィリピンの歌手フレディー・アギラが1977年に発表してヒットした「ANAK(息子)」だ。父親が悪の道に染まっていく息子を心配し嘆くという曲だから、この曲との関係だけで見れば、この映画の中心は悪の道に進むジョンデと、彼をいさめようとするギルスの関係になるのかもしれない。だが映画は明らかに、そのポイントを外している。ジョンデとヨンギの疑似兄弟関係と、ジョンデとギルスの疑似親子関係の相剋、男同士の間で生じる三角関係のドラマという要素が、他の要素に紛れて埋もれてしまうのだ。これは脚本のもっともベーシックな部分で、人物の出し入れに難があるように思う。ヨンギはなぜ何年もジョンデの前から姿を消していたのか? せめてここにうまい説明があれば、映画はずっと面白くなっただろうになぁ……。

(原題:강남1970)

アスミック・エース試写室にて
配給:クロックワークス
2015年|2時間15分|韓国|カラー|シネスコ|5.1ch
公式HP: http://gangnam-blues.com/
IMDb: http://www.imdb.com/title/tt3698118/

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