フリーキッチン

11月28日(土)公開予定 ユーロスペース(レイトショー)

その家の食卓には毎晩人肉が並ぶ

フリーキッチン

 高校生のミツオは母キョウコと二人暮らし。母が得意なのは肉料理で、毎晩の食卓には必ず肉料理が並ぶ。だがそれはただの肉ではない。キョウコがどこかで手に入れてくる人間の肉なのだ。最初に食べたのは、子供の頃に母が殺した父とその愛人の肉だった。それ以来毎日のように人肉を口にしてきた結果、ミツオは一口食べるだけで肉になった人間の性別や年齢、体型などがわかるようになってしまった。だがそんなことは、誰にも言えない。いじめられっ子で友達がいないミツオにとって、飼っているトカゲやカメだけが心を許せる存在だ。通学路の途中にあるペットショップで、ミツオは店員のカナと親しくなった。だが彼女を見と一緒に食事をしているときも、ミツオは彼女の肉の味を考えずにいられない。もう嫌だ! こんな異常な生活は続けて行けない! ミツオは食卓に出る母の肉料理を拒否しようとするのだが、既に母の狂気には歯止めがかからなくなっていた……。

 人気マンガ家・福満しげゆきのデビュー作「娘味」を、中村研太郞監督が映画化した作品。監督にとってはこれが長編デビュー作だが、この作品はアマチュア時代の2000年に8ミリ映画として製作した40分の短編映画『フリーキッチン』のリメイクになのだという。原作もオリジナルの短編版も未見だが、今回の映画には作品としての力強さが欠けているような気がする。映画のウリがどこにあるのかが、観ていてもよくわからないのだ。ミツオとキョウコの何やら近親相姦めいた母子関係。幼い日に目の前で母が父を殺したというトラウマ。いじめによる抑圧と孤独感。女性に対する憧れ。いろいろな要素が絡まりあって映画の世界が形成されているのだが、どこにも焦点が明確に絞りきれないまま、ストーリーだけが主人公置き去りで進行していく。はたして「人肉食」は現実の出来事なのか? それともミツオの心が生み出した幻想なのか。それすら少し曖昧なままなのだ。

 短編映画ならこの映画の構成で構わないが、長編映画にするならもう少し脚本の上でひねりがほしい。例えば映画の中にはミツオのモノローグが何度も出てくるし、これを手掛かりにして、物語全体がミツオの主観的な世界ということで解釈しても構わなかったはず。父は母に殺されたのではなく、愛人と駆け落ちして姿を消した。母が出す料理は人肉ではない。すべてはミツオの妄想であり、誰も殺されていない。少なくともそう解釈するのが当然だ……と観客に思わせておいて、最後に「妄想だと思っていたけれど全部本当だった!」とひっくり返す方法もあっただろう。次々に人を捕まえて殺して食べるというのは、いかにして被害者に抵抗されずに殺すかや、食べ残した部位をどう処分しているのかなども含めて不自然で無理なところが多すぎる。物語のアイデアや全体のムードは悪くないが、そうした不自然さを突き抜けるだけのパワフルさが、この映画にはなかったと思う。

映画美学校試写室にて
配給:(C) FUZZ FILM WORKS
2013年|1時間20分|日本|カラー|HDV
公式HP: http://fuzzfilmworks.com/
IMDb: http://www.imdb.com/title/tt3644668/

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