グラスホッパー

11月7日(土)公開予定 丸の内ピカデリーほか全国ロードショー

復讐のため犯罪組織に潜入した中学教師

グラスホッパー

 10月31日の夜。渋谷ハチ公前のスクランブル交差点は、ハロウィンの人混みで賑わっていた。だがそき浮かれた風景は、突っ込んできた暴走車によって凄惨な地獄に変わる。死傷者数十人。この事件で婚約者を失った中学教師の鈴木は、事件の真犯人はフロイラインの寺原親子だと何者かに知らされる。それから半年以上がたった夏。教師の仕事を辞めた鈴木は、フロイラインで働くようになっている。寺原親子への復讐の機会を狙っているのだ。だがその目の前で、何者かが寺原Jr.を殺害する。どうやら「押し屋」と呼ばれる殺し屋のしわざらしい。現場から足早に立ち去る「押し屋」を追跡するよう命じられた鈴木だったが、押し屋に家族がいることや、押し屋が自分に代わって寺原親子への復讐を果たしてくれたとこから、押し屋の所在をフロイラインに報告することをためらうのだった。同じ頃、「自殺家」の異名を持つ殺し屋・鯨は、別の殺し屋に命を狙われていた。

 伊坂幸太郎の同名小説を、青島武の脚色で瀧本智行監督が映画化したクライム・サスペンス映画……だと思う。「だと思う」としたのは、この映画の設定や筋立てに、どうしても本気になれない、リアリティの欠如した荒唐無稽な部分があるからだ。渋谷のスクランブル交差点で暴走車が何十人もの人をはねるという冒頭のエピソードは、秋葉原で起きた通り魔事件を連想させるリアリティがある。実物大の渋谷のセットを作って実景と合成させるという技法も冴えていると思った。しかし寺原Jr.の殺害シーンで、同じ交差点に主要な登場人物たちが一通り揃ってしまう場面には居心地の悪さを感じるのだ。警察などそっちのけで殺し屋同士の駆け引きが続くあたりは鈴木清順の『殺しの烙印』(1967)を彷彿とさせるが、ハードボイルド映画のパロディだった『殺しの烙印』や続編『ピストルオペラ』(2001)と本作とでは狙っている部分がだいぶ違っているように思う。

 この映画を乱暴に構造化するなら、われわれ観客と同じ「この世界」の住人である鈴木が、ある事件をきっかけにして極彩色の犯罪者たちが群れるファンタジーの世界に迷い込んで、最後に再び「この世界」に戻ってくる話だ。これはファンタジー映画の定石であり、犯罪映画ならデヴィッド・リンチの『ブルーベルベット』(1986)も同じ構成になっている。だか本作『グラスホッパー』は権力の手が届かない巨大な犯罪組織や殺し屋同士の暗闘をファンタジーではなく、真面目に、リアルなものとして描こうとしているようだ。登場する殺し屋たちには独特のスタイルや美学があるのだが、それが映像面でスタイルや美学として消化されていない。こんなものはしょせんファンタジーに過ぎないのに、ファンタジーの側に振子が振り切れていない中途半端さを感じてしまう。例えば蝉の最初の殺しの場面がもっと華麗に描かれていると、それだけで印象が変わったと思うのだが。

角川試写室にて
配給:KADOKAWA、松竹 宣伝:る・ひまわり、フリーストーンプロダクションズ
2015年|1時間59分|日本|カラー
公式HP: http://grasshopper-movie.jp/
IMDb: http://www.imdb.com/title/tt3846972/

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