アレノ

11月21日(土)公開予定 新宿K’s cinema

男と女が手に入れたのは荒涼とした関係だった

アレノ

 山間の小さな湖で、ボートの転覆事故が起きる。男女3人が冷たい湖に投げ出され、2人は救出されたが1人は行方不明になった。助かったのは行方不明になった男の妻と友人の男。じつはボート転覆は事故を装った殺人だった。助かった妻と友人の男は以前から不倫関係にあり、邪魔になった彼女の夫を殺すため、泳げない夫をボートから突き落としたのだ。しかし事件は警察でもありふれた不慮の事故として処理された。夫は死んだに違いない。妻とその愛人は夫の遺体が見つかるまで、湖を望むラブホテルで過ごすことになる。部屋に入るなり、一糸まとわぬ姿で身体をからみ合わせるふたり。だがそこにはかつてのような、男と女の親密な関係はない。自分たちのしでかした現実から逃げるように、ただ行為に没頭する「人殺したち」がいるだけだ。やがて彼らの目に、湖で殺したはずの夫の姿が見えるようになる。それは遺体が見つからない不安が生み出した幻影なのか……。

 妻とその愛人が事故に見せかけて夫を殺すが、罪の意識や後悔の念がふたりを追い詰めて行くという物語だ。この人物相関図やあらすじはエミール・ゾラの「テレーズ・ラカン」をもとにしているが、原作ではかなり長期にわたって展開していたドラマをたった数日の中に圧縮している。主演は山田真歩(テレーズ)と渋川清彦(ローラン)。死んだ夫(カミーユ)を川口覚が演じている。夫の母はもちろん原作のラカン夫人にあたる人物。しかし彼女が物語に強く関わってくることはない。この人物はゾラの小説に対するリスペクトだろう。主演のふたりは激しいセックスシーンを演じているが、これがぜんぜんエロチックなシーンにならないというのがこの映画の狙いだ。そこから伝わってくるのは、絶望的なまでの関係の不在だ。肉体はつながっていても、ふたりの気持ちはもうとっくに離れてしまっている。おそらく夫を殺す前から、ふたりの間に本当の関係などなかったのだ。

 妻は夫やその母親との関係から逃れたかった。空しい生活を送っていた男は、彼女と夫の関係を盗み取ることで自分の空しさを埋め合わせられると思った。彼らが単に情事を楽しみたいだけなら、夫の目を盗んで関係を続ければよかったはずだ。どうしても結婚したいなら、彼女が夫と別れて男と再婚すればいいだろう。だがふたりはそうしなかった。 夫を殺すという、もっとも不合理な選択をした。この映画にとって一番の謎はそこにある。「テレーズ・ラカン」の時代と違って、現在の日本は離婚も再婚も自由自在だ。女性が夫の家に経済的に縛られる必要もない。だが妻と愛人は、殺す必要なんて存在しないのに夫を殺す。彼らは夫を殺した後になって、自分たちがする必要のない殺人を犯したことに気づくのだ。彼らは自分たちの間にあるニセモノの関係が、夫を殺すことでホンモノになることを期待していたのかもしれない。だがニセモノは、何をしてもニセモノでしかない。

映画美学校試写室にて
配給:スローラーナー 配給協力:コピアポア・フィルム
2015年|1時間19分|日本|カラー|スーパー16mm→HD|5.1ch
公式HP: http://areno-movie.com/
IMDb: http://www.imdb.com/title/tt4954924/

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