家族の映画

第28回 東京国際映画祭 コンペティション

平凡な家族を次々襲う一冬の体験

Rodinny film

 冬休みを前に両親が一足早く旅行に出かけ、家には高校生のアナと中学生のエリクの姉弟が残された。学校が休みになればふたりも両親に合流する予定だが、それまでは子供たちだけの日々だ。ふたりはそれぞれ友人を家に呼んで、好き放題の楽しい暮らしがはじまる。エリクは姉の親友クリスティーナと男女の仲に。親のいぬ間に、一夏の体験ならぬ一冬の体験だ。だが楽しい時間は長くは続かない。エリクが長く学校をサボり、落第寸前だということがばれてしまう。旅行から戻れない両親は、姉弟の監督役として叔父を家に送り込む。エリクは不満たらたらだが、これも身から出た錆だ。いずれにせよ、休みはもうすぐ。旅行に出発するのも目前……のはずだった。だが姉弟が旅行に出かける数日前になって、以前は毎日欠かさずあった両親からの連絡が途絶えてしまう。先方からの連絡はなく、こちらからの連絡もつかない。姉弟は出発を取りやめて、警察に相談するのだった。

 監督のオルモ・オメルズはスロベニア出身でチェコの映画学校に学び、本作が長編第2作だという。『家族の映画』というタイトルだが、家族で映画を作る話というわけではない。ひとつの家族についての物語に、『家族の映画』というタイトルを付けているのだ。平和な家族がさまざまな事件に見舞われて一度はバラバラになりかけるが、最後はひとつの家族に戻るという定番のストーリー展開。子供の生活の乱れ。思春期の性の芽生え。夫婦が抱えている秘密。いろいろな門外が吹き出してくるのだが、それらをすべて一家の飼い犬にまとめさせるというアイデアが秀逸。犬を擬人化して喋らせたり、特別なことをさせているわけではない。しかしこの犬なしには、この映画の印象はまるで違ったものになってしまったと思う。陰鬱で救いようのない、暗い話で終わってしまったと思うのだ。それがこのたった1匹の犬の存在で救われた。この犬は、一家の何かを象徴しているのだ。

 ペットの犬や猫に対して、「家族の一員だ」と言う飼い主は多い。この映画に登場する犬のオットーも、夫婦や子供たちにとって家族同然の存在だった。だがオットーはなぜ家族になれたのか。犬は家族と血の繋がりがあるわけではないし、人間たちに対して何かをしてくれるわけではない。でも同じ家の中で同じ空間を共有し、共に暮らしの時間を刻んでいくことで、犬でさえ家族の一員になれる。しかし人間は同じように空間と時間を共有していても、何かあると家族が家族でなくなってしまうのだ。共に暮らせば犬でさえ家族なのに、共に暮らす人間が家族でないはずがあろうか。この映画の結末にはアイロニー(皮肉)があるが、それは犬も含めた他人同士が、これからも家族であり続けねばならないであろうことから生み出されるものだ。夫婦は最初から赤の他人だ。子供だって親とは別人格だ。でも彼らも飼い犬が家族の一員であるのと同じ程度には、家族に違いないのだ。

(原題:Rodinny film)

神楽座(KADOKAWA富士見ビル)にて
配給:未定
2015年|1時間35分|チェコ、ドイツ、スロベニア、フランス、スロバキア|カラー|1.85 : 1
公式HP: http://2015.tiff-jp.net/ja/lineup/works.php?id=7
IMDb: http://www.imdb.com/title/tt3828058/

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