俺の心臓を撃て

第28回 東京国際映画祭 アジアの未来

その入院患者には大きな秘密があった

Shoot Me in the Heart

 山の中の精神病院に、同じ日に収容されたふたりの青年がいた。スミョンは母の自殺後に錯乱状態になり、唯一の肉親である父の手でこの施設に送られた。スンミは親族間の何らかのトラブルが原因で、口封じのために施設に強制入院させられたらしい。スンミは反抗的で入所早々に大暴れするが、あっという間に看護師たちに取り押さえられてしまう。「自分は病気ではない。ここから出せ!」といくら叫んでも、精神病院には同じことを言う患者がゴマンといるのだ。看護師も医者も、スンミの言葉に耳を傾けようとはしない。スンミとスミョンは大部屋で同室となり、年が近いこともあって親しく話すようになる。スンミはその後も脱走を試みたり、禁止されている外部との連絡に挑戦するが、病院側の強硬な態度と、彼を病院に送り込んだ家族の圧力によって失敗する。じつはスンミはとある財閥の御曹司で、死んだ父の遺産を巡って兄弟間の事業相続争いに巻き込まれたのだ。

 イ・ミンギとヨ・ジング主演の、韓国版『カッコーの巣の上で』(1975)だ。『カッコーの巣の上で』はジャック・ニコルソンが演じる反抗的な男と無口なネイティブアメリカンの男の交流を軸に、規則で患者たちをがんじがらめにする精神病院内の管理体制を批判する映画だった。本作『俺の心臓を撃て』て反抗的な青年と病院の体制に従順な青年がコンビになっているのは、『カッコーの巣の上で』の人物像をなぞったものだろう。またこの映画には、刑務所映画の傑作『ショーシャンクの空に』(1994)の要素も入っている。『ショーシャンク』では語り手は刑務所慣れした古参の囚人が、風変わりな新入りの囚人について思い出話をするという構成になっている。『俺の心臓を撃て』でも語り手は病院慣れしているスミョンで、彼が同室になったスンミについて思い出を語るという構成になっている。映画の最後にある場面などは『ショーシャンク』のままではないか。

 『カッコーの巣の上で』と『ショーシャンクの空に』という名作2本を下敷きにしているだけのことはあり、物語はちゃんと面白く観られるようになっている。精神病院の描写がどの程度実際の病院の実態に沿っているものなのかはわからないが、それは『カッコーの巣の上で』でも『ショーシャンクの空に』でも同じこと。それより『俺の心臓を撃て』に難点があるとすれば、主人公たちを管理する側の悪辣さをきちんと描き切れていないことだろう。『カッコーの巣の上で』の看護婦長や『ショーシャンクの空に』の刑務所長のような、言い訳の余地がない悪人がここには存在しない。花札好きの粗暴な職員は「悪人」ではなく、単に「愚かな人」なのだ。この映画の中でもスンミを病院に閉じ込めた兄たちや、その思惑を知りつつ彼を閉じ込めることに協力している院長は、より明確に悪として描かれてもよかったはずだ。そこからどんなドラマを作るかは、また別の話だけれど。

(原題:내 심장을 쏴라)

神楽座(KADOKAWA富士見ビル)にて
配給:未定
2015年|1時間42分|韓国|カラー|シネスコ
公式HP: http://2015.tiff-jp.net/ja/lineup/works.php?id=45
IMDb: http://www.imdb.com/title/tt4596408/

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