地雷と少年兵

第28回 東京国際映画祭 コンペティション

戦後の地雷除去に駆り出された少年兵たち

Land of Mine

  1945年5月。ドイツが連合国に降伏して数日後。デンマークの海岸地帯に捕虜になったドイツ軍の少年兵たちが集められた。若い将校は少年たちに言い放つ。「ドイツがわが国の海岸線に敷設した地雷は200万個。これをお前たちの手で撤去してもらう。作業が終わるまで帰国は許さん!」。少年たちは短期間で地雷撤去の訓練を受けるが、本物地雷を使った特訓では早くも犠牲者が出る。生き延びて作業現場の砂浜に送り込まれたのは10数名。現場監督のラスムッセン軍曹はドイツ人に対して激しい憎しみを抱いており、相手がまだあどけない顔の少年兵であっても情け容赦なく作業を命じる。少しでも手元が狂えば地雷は炸裂して命がない。食料の配給もほとんどなく、このままでは地雷で爆死するか餓死するかしかないだろう。そんな中で、少年兵のひとりが作業中に地雷を炸裂させて両腕を吹き飛ばされる。これが最初の犠牲者。だが地雷が残る限り作業は終わらない。

 第二次大戦後にドイツ軍捕虜が地雷撤去作業に従事させられたのは事実で、多くの少年兵で構成された地雷除去作業は多くの犠牲を出しながら130万個の地雷を処理したという。映画はこの実話をもとにしたフィクションで、ドイツの降伏から始まる異色の戦争映画になっている。ドイツの降伏間際に戦場に駆り出されたあどけない面差しの少年たちが、戦争が終わったのに故郷に帰ることができず、それまでの戦闘よりさらに危険な作業に追いやられる理不尽さ。おそらくこれは、捕虜の虐待を禁じた国際法違反に違いない。だが戦争の現場では、そんな規範はどこ吹く風なのだ。戦争が終わっても、埋められた地雷は誰か処理しなければならない。ならばそれは、埋めた本人たちに掘り出してもらうのがスジってもンだろう……。少年たちはデンマーク人から見れば記号化された「敵兵」でしかない。書類の上に記された数字だ。死のうが生きようが、そこに何の痛みも感じない。

 今から70年前に北欧で起きた、あまり知られることのない史実の映画化だ。しかしここに描かれているものは、現在の日本にも存在するものだと思う。それは「記号化された敵に対する憎悪」だ。例えば数年前から日本で問題になっているヘイトスピーチ問題。生活保護受給者や年金受給者に対するバッシング。日本で暮らす外国人に対する差別。日本に根強い死刑容認論。最近は日本とは無関係であるはずのシリア移民に対する差別イラストが、ネットで話題になったばかりだ。これらに共通しているのは、憎悪の対象となっているのも自分たちと同じ人間だという、ごく当たり前の事実に対する想像力の欠如だ。想像力がないから憎悪が生まれるのか? それとも憎悪を正当化するために、あえて自らの想像力を麻痺させてしまうのか? おそらくその両方だろう。マザー・テレサは「愛の反対は無関心」と言っているが、憎しみはその無関心なしには成立しないのかもしれない。

(原題:Under sandet)

神楽座(KADOKAWA富士見ビル)にて
配給:未定
2015年|1時間46分|デンマーク、ドイツ|カラー|シネスコ
公式HP: http://2015.tiff-jp.net/ja/lineup/works.php?id=17
IMDb: http://www.imdb.com/title/tt3841424/

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