ニーゼ

第28回 東京国際映画祭 コンペティション

実在した女性精神科医の孤独な戦い

Nise - O Coração da Loucura

 1944年、リオデジャネイロ郊外の精神病院。着任したばかりの女性精神科医ニーゼ・ダ・シルヴェイラは、病院内の悲惨な様子に驚かされる。病棟は清掃が行き届かず不潔なままに放置され、患者たちは動物のように檻に閉じ込められている。治療は当時最先端の技術とされたロボトミー手術や電気ショック療法が主流で、それによって患者がおとなしくなれば「治癒した」とみなされていた。これらの手法に異を唱えた彼女は、病院を去るか、低賃金で作業療法の部署を担当するかの選択を迫られる。彼女は迷わず後者を選び、非協力的な看護師に手を焼きながら、物置同然だった療法室の清掃から手を付けるのだった。暴力で患者を威圧する病院の方針に逆らって、彼女は患者を伸び伸びと好きなようにさせる。他の医師は「患者と遊んでいるだけだ」は馬鹿にするか、少数ながら彼女に理解を示し協力するスタッフも現れる。間もなくニーゼは、芸術療法に力を入れはじめた。

 ニーゼ・ダ・シルヴェイラ(1905〜1999)は、ブラジルの精神医療に芸術療法を取り入れた女性医師だ。伝記映画には人物の生涯を網羅的に広く取り扱った作品と人生の一部だけを切り取る作品があるが、この映画は後者の手法を取っている。ここで取り上げられているのは、ニーゼが1944年に国立精神医療センターに着任してからの数年間だ。現在では危険性が高く効果が薄いとされる治療法が、この時代の精神病院では大手を振ってまかり通っている。当時は精神疾患に対する理解も低く、これらの治療が患者の知能を低下させ、活性を奪って粗暴な振る舞いさえ抑制できれば、それで治療効果があったとみなされていた。電気ショック療法、ロボトミー手術、インスリンショック療法などは、どれも1930年代に開発された最先端医療技術だ。ニーゼの同僚たちはこれらの治療法の専門家であり、自分たちの持つ最新の知識と技術に絶大な自信と誇りを持っていた。

 この映画は現在にもつながるさまざまな問題提起を行っている。例えば男性優位社会における女性の立場の問題や、精神障害者に対する差別の問題、社会に持てはやされている最新テクノロジーが持つ危険性についてだ。だがこの映画の中でも一番普遍的なのは、組織内での「嫉妬」と「異分子排除」の力学かもしれない。ニーゼの芸術療法を最初はせせら笑っていた医師たちは、彼女がそれで成果を出し始めても決してそれを認めず、自分たちの手法に固執するようになる。そして彼女を遠巻きに眺めながら、彼女が失敗することを望み、あわよくば足をすくってやろうと機会を狙いはじめるのだ。細かな病院規則を楯に取って彼女の行動を制限しようとしたり、彼女の頭越しに患者家族と治療方針を決めてしまったりするのも、すべてはニーゼ個人に対する嫌がらせのようなものだろう。これに屈することなく、病院内外に協力者を増やしたヒロインの強さには頭が下がるばかりだ。

(原題:Nise – Coração da Loucura)

神楽座(KADOKAWA富士見ビル)にて
配給:未定
2015年|1時間49分|ブラジル|カラー|ビスタサイズ
公式HP: http://2015.tiff-jp.net/ja/lineup/works.php?id=23
IMDb: http://www.imdb.com/title/tt2168180/

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