スリー・オブ・アス

第28回 東京国際映画祭 コンペティション

政治亡命者の視点から見たイラン現代史

NOUS TROIS OU RIEN

 1970年代のイラン。青年弁護士イバットは、国王の独裁に抗議して民主化を求める学生組織のメンバーだった。しかし当時は政府批判がタブーであり、政治犯として逮捕されたイバットは懲役10年の判決を受ける羽目になる。服役中に国内では反政府運動が高まり、彼が7年半の服役を終えて刑務所の外に出てきた直後、ついに国王は国外に亡命して国家体制は刷新された。だがその後のイランを支配したのは、民主主義とはほど遠いイスラム国家体制。イバットは再び反体制運動に身を投じ、警察に追われることになった。結婚して子供も生まれたが、もはやイランにイバットたちの居場所はない。彼は同じ反体制派であるクルド人たちの手を借りてトルコへの国境を越え、さらにフランスへと亡命する。暮らし始めたのはパリ郊外の低所得者向けアパート。必死にフランス語を学び、勉強してフランスの弁護士資格も取った。やがて彼は地域のNPOで働き始めることになる。

 脚本監督のケイロンはフランスのコメディアンで、本作は彼が自分の家族の歴史を映画化したものだ。ケイロンは1982年にイランのテヘランで生まれ、翌年には家族がフランスに亡命している。映画に登場する主人公の息子が、ケイロン監督というわけだ。ケイロンは映画の中で父のイバットを演じているのだが、映画には彼の息子がケイロンという名前で活躍しはじめるところまでが描かれている。イランの現代史をひとつの家族の視点から描いた作品でもあるのだが、映画のジャンルとしてはコメディ作品。そのためリアリズムにはこだわらず、イランに住む主人公たち家族からパフラヴィー国王まで、全員が流暢なフランス語を喋っている。主人公たちがフランスに亡命するまでの出来事はまさに波瀾万丈。そこまでに絞ってサスペンス映画風に作ることもできたと思うが、映画後半では外国に亡命したイラン人たちが現地の社会に根を下ろすまでの苦労を丁寧に描いている。

 僕の年齢だとパフラヴィー王朝の崩壊やイスラム革命、イランのアメリカ大使館占拠事件と軍事救出作戦の失敗、その後のイラン・イラク戦争などは、子供の頃に海外のニュースでリアルタイムに知っていた事柄ばかりだ。イランは革命後に成立したイスラム教シーア派政権が対外的に強硬路線を取ったことから、後に「悪の枢軸」とアメリカから名指しされるまでになる。このことから「親欧米的だったパフラヴィー時代は良かった」と思われがちだが、映画を観れば国王時代もまたろくでもない独裁政権だったことがわかるのだ。主人公はイスラム革命について「独裁者を追放したら、さらにひどい独裁者がやって来た」と評している。その「ひどい独裁者=ホメイニ師」はパフラヴィー時代にイランから追放されているのだが、そのとき彼を受け入れたのはフランスだった。主人公たちはホメイニ師が亡命先のフランスから帰国すると、それと入れ違いにフランスに亡命するのだ。

(原題:Nous trois ou rien)

神楽座(KADOKAWA富士見ビル)にて
配給:未定
2015年|1時間42分|フランス|カラー|シネスコ
公式HP: http://2015.tiff-jp.net/ja/lineup/works.php?id=1
IMDb: http://www.imdb.com/title/tt4057632/

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