モンスター・ウィズ・サウザン・ヘッズ

第28回 東京国際映画祭 コンペティション

病気の夫を持つ妻が見た医療制度の闇

Un Monstruo de mil cabezas

 その夜、痛みの発作に悲鳴を上げる夫の声でソニアは目を覚ました。彼女の夫はガンなのだ。駆けつけた緊急医は入院を勧めるが、夫の治療を病院が許可しないため長く自宅で待機させられている。だがこうなったら、もう待つことはできない。ソニアは書類をまとめて、病院の担当医に掛け合いに行く。だが懸命に交渉する彼女を置き去りに、担当医師は帰宅してしまうのだ。あわてて病院を出たソニアは、彼を追って自宅を直撃。相手がのらりくらりと言い訳することに業を煮やして、彼女はいきなり銃を突きつけた。知らされたのは、何ともひどい病院の実態。目の前の担当医師は保険会社からリベートを受け取り、患者の治療を拒否するのが仕事なのだ。彼には治療を拒否する権限はあっても、それを許可する権限はない。「誰なら許可できるの?」「保険会社のCEOなら」。ソニアはCEOがいるスポーツクラブで彼に銃を突きつけるが、そこに突然銃声が鳴り響いた……。

 物語の舞台はメキシコ。メキシコには公的な健康保険制度があるようだが、高度な医療を受けるには不充分なので民間の健康保険も広く利用されているという。だが民間の保険会社は利益を出すために、保険料はきっちり徴収しても、いざという場合の保険金支払いは渋りたがる。この映画では病院と保険会社が結託して保険金支払いを拒む様子が描かれているが、その手口はかなり悪辣だ。各病院には保険会社子飼いの調整担当医師がいて、患者の治療に保険が使えるかどうかを判断する。しかしそれは医療知識にもとづくものではない。患者の治療を拒否するたびに調整担当医には一定のリベートが支払われるので、おそらく高額な医療費が発生しそうな案件から治療を拒絶するのだろう。主人公の夫はそれに該当したのだ。映画の中ではこの調整担当医が豪邸に住んでいる。彼の贅沢な暮らしは医師としての報酬だけではなく、保険会社からのリベートに支えられているのだろう。

 脚本ちょっとユニークな形式になっている。物語は時系列に進行していくが、じつはこの物語全体が関係者の回想なのだ。物語の中の「今現在」は、事件を裁く法廷の中。しかしこの法廷の様子は、映画の中に描かれない。証人や裁判官の声だけが映像にオーバーラップし、その証人の視点から彼らの見た範囲で事件が語られる。証人の誰もが事件を断片的に見ている。だがそのうちの誰ひとりとして、事件の全体を見る者はいない。事件の中心にいてほとんどすべてを見ていたのはソニアだが、その彼女ですら知らない事実がある。それらすべてを見ているのは、映画を観ている観客だけ。観客にはソニアの苦境も切羽詰まった気持ちも十分に理解できるのだが、断片的な証言を積み重ねた末に裁判所はどうに彼女を裁くだろうか?

 上映時間はたったの1時間15分。ぎりぎり長編映画になる長さだが、巧みな語り口と俳優たちの熱演がその1時間15分を充実したものにしている。

(原題:Un monstruo de mil cabezas)

TOHOシネマズ六本木ヒルズ(スクリーン6)にて
配給:未定
2015年|1時間15分|メキシコ|カラー|シネマスコープ
公式HP: http://2015.tiff-jp.net/ja/lineup/works.php?id=19
IMDb: http://www.imdb.com/title/tt4569240/

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Google フォト

Google アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

%s と連携中