空人(くうじん)

2016年1月16日(土)公開予定 新宿K’s cinema

戦争が生んだ傷を抱えて生きる

空人

 天童市の若松寺にある墓を、ひとりの老人が訪れる。彼の名は橋本勝雄。たずねた先は、同じ航空隊で世話になった先輩航空兵・阿部の墓だ。阿部は特攻で出撃し、そのまま帰らぬ人になっている。彼だけではない。同じ部隊で生き残ったのは、勝雄ただひとりしかいないのだ。念願の墓参を済ませて帰ろうとした勝雄を、ひとりの女性が呼び止める。「清水さんですか?」。清水というのは勝雄の旧姓だ。彼女は阿倍の妹・静子の娘で紀和。伯父の手紙や既に亡くなった母の話などを通じて、彼のことを知っていたのだ。誘われるままに阿部家を訪問した勝雄は、そこで長年胸に秘めていた自分と阿部との約束について語る。特攻出撃の前日に熱を出し、自分の出撃が取りやめになって生き残ったこと。その欠員を埋めるため、阿部が身代わりのように出撃したこと。出撃前の阿部が、妹の静子と勝雄が結婚することを望んでいたこと……。だが勝雄は、阿部の死に責任を感じていた。

 清宮零の小説「空人 死者との約束」を、『童貞放浪記』(2009)の小沼雄一監督が映画化。脚本は小沼監督と、彼と『結び目』(2009)でも組んでいる港岳彦。原作小説は未読だが、これはへんな話だと思う。特攻隊の生き残りである勝雄が、生き残ったことに負い目を感じるというのは何となくわかる。そのため先輩の阿部との約束を果たせないまま、戦後70年を生きてしまったのもわからぬではない。それが自分の死を意識するようになって、ようやく心に引っかかっていた阿部との約束を果たそうとするのもわかる。だがそれから先がわからない。最大の謎は、ヒロインの紀和なのだ。彼女の母親である静子は、終戦直前に十代の女学生だった。仮に彼女が1930年生まれだと考える。紀和を演じている高橋かおりは1975年生まれだが、静子が同じ年に45歳で娘を生んだとは考えにくいので、紀和はもう少し年上のはずだ。40代後半か、50歳前後だろうか。

 彼女がそれまでどんな人生を歩んできたのか、映画の中ではほとんど説明されていない。今は独身だというが、ずっと独身だったのか、それとも一度は嫁いで失敗したのか。両親の仲は良くなかったようだが、彼女自身と父親の関係はどうだったのか。彼女が勝雄を慕い、「お父さん」と呼ぶことに僕は異様なものを感じる。彼女は勝雄と出会うことで、ようやく自分の夢見ていた人生を取り戻したのだ。だがそれは母親の戦後の人生を否定し、彼女自身の半世紀近い人生を全否定することでもある。彼女は自分と母の実人生ではなく、彼女の母が歩んでいたかもしれないもうひとつの人生を愛している。これは戦争によって生じたパラレルワールドみたいなものなのだ。だが存在を抹殺された、紀和の実父の哀れさよ。まあ彼はそう扱われるだけの非があったのかもしれないが、気の毒なのは勝雄に長年連れ添ってきた妻だ。父に自分の母を捨てられたようで、息子は心中複雑だろう。

サンプルDVDで鑑賞
配給:SEIWA FILMS
2015年|1時間55分|日本|カラー|ビスタサイズ|ステレオ
公式HP: http://kuujin.jp/
IMDb: http://www.imdb.com/title/tt4513700/

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