悲情城市

1990年4月28日(土)公開 シャンテシネ

侯孝賢(ホウ・シャオシェン)監督の代表作

悲情城市

 1945年8月15日。日本人による50年間の台湾統治が終わった。台湾北部の町・九份で船問屋を営む林家の長男は、愛人に子供が生まれた大喜びだ。林家は4人兄弟。長男が家業を継ぎ、次男は戦争で南方に行ったまま音沙汰なし、三男は大陸に行って行方知れずとなり、四男は郊外で写真館を営んでいるが子供の頃から耳が不自由。しかし戦争も終わり、ここから一家の風向きが変わってくるかもしれない。やがて町のあちこちにいた日本人は、少しずつ日本に引き揚げていく。林家の三男も戻ってきた。半世紀ぶりの祖国復帰は嬉しいことだ。だが大陸から派遣されてきた役人たちの腐敗ぶりにはウンザリする。戦後の混乱した時代の中で、大陸から来たヤクザ者たちをずいぶん見かけるようになった。古くからのヤクザたちの中にも、連中と手を組んで商売をしようとするものが現れる。林家の人々も好むと好まざるとに関わらず、そうした時代の流れに飲み込まれていく。

 侯孝賢監督が1989年に発表し、ヴェネチア国際映画祭で金獅子賞を受賞した作品。翌年にはフランス映画社の配給で日比谷のシャンテシネで公開され、かなりのロングランヒットになったはずだ。映画には戦後の台湾で起きた本省人と外省人の対立と、1947年の「二・二八事件」、その後の白色テロの時代、そして1949年に中華民国政府が中国本土を逃れて台北を首都に定めるまでが描かれている。二・二八事件の際に台湾では戒厳令が出され、それが1987年まで40年間続いていたという。この間、事件について触れることは台湾社会の中ではタブーだった。『悲情城市』はこの台湾現代史のタブーに切り込んだ最初の台湾映画だが、政治闘争を直接描くのではなく、徹底して間接話法に徹しているのが特徴だ。物語の舞台は台北から少し離れた九份、主人公たちは社会の周辺にいるヤクザの家族、しかしドラマの中心になるのは聾唖の四男で、語り手はその恋人だ。

 物語の中には歴史の骨組みがしっかりと通っている。だがここで描かれているのは、歴史の中で翻弄されるひとつの家族のドラマだ。雰囲気としては『ゴッドファーザー』(1972)や『鬼龍院花子の生涯』(1982)にも似ているが、これらの映画が数十年に渡る家族の大河ドラマなのに対して、『悲情城市』で描かれているのはたった3〜4年の出来事にすぎない。それでこれだけのエピソードが詰め込まれているのだから、この時代の台湾がいかに波乱に満ちた歴史を刻んでいたかということだ。映画はそんな波瀾万丈の日々を、むしろ淡々と描いていく。間接話法が生きているのだ。映画の中には流血があり、命も奪われる。だがそれが、扇情的に扱われることはない。

 四男の文清(ウンセイ)を演じているのは、当時まだ若手俳優だったトニー・レオン。ほとんど台詞のない役だが存在感があり、後の大スターになる片鱗がうかがえる。家族写真のエピソードが切ない。

(原題:悲情城市 A City of Sadness)

早稲田松竹にて
配給:フランス映画社
1998年|2時間39分|台湾、香港|カラー|ヨーロピアンビスタ|モノラル
公式HP(アーカイブ): http://bit.ly/1ZRSinz
IMDb: http://www.imdb.com/title/tt0096908/

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