14の夜

12月24日(土)公開予定 テアトル新宿ほか全国ロードショー

思春期とは恥ずかしく苦しいものである

14の夜

 1987年(昭和62年)8月の夏休みど真ん中。田舎町で暮らす男子中学生たちの間に、衝撃的なニュースが駆け巡る。人気AV女優のよくしまる今日子が町のレンタルビデオ店でサイン会を開き、しかも真夜中を過ぎた頃訪れた客は彼女のオッパイを舐められるというのだ。箸が転んでも勃起する年頃の少年たちが、この情報に食いつかないはずがない。中3のタカシも、友人たち3人と一緒にサイン会に乗り込むことに決めた。家では高校教員の父が飲酒運転で軽微な事故を起こして停職謹慎中で、しかもそんな中に都会で働いている姉が婚約者を連れてくることになっている。世間体を気にする気の小さい父は朝から落ち着かず、いよいよ姉が恋人と家に到着すればその行動はますます常軌を逸したものになるのだが、もはやそんなことはタカシの知ったこっちゃないのだ。彼は逃げ出すように家の外に飛び出す。しかしこれが、忘れがたい夏の夜の大冒険のはじまりになった。

 映画の印象を一言で表現するなら、これは『アメリカン・グラフィティ』(1973)の日本版だ。主人公は高校生から中学生になっているが、数人の仲間たちが夏の夜に忘れがたい一夜を過ごすという構成が似ている。舞台は過去の田舎町。そこに女の子を巡るエピソードがあり、よく知っているはずの仲間の意外な一面が露見し、不良たちにからまれたりもしながら、夜が明けた頃に少年はちょっと大人になる。本作と『アメグラ』の共通点に気づいたのは、主人公がAV女優のよくしまる今日子を探し回る場面だ。このAV女優は『アメグラ』におけるウルフマン・ジャックの役目をはたしている。しかし『アメグラ』と『14の夜』には決定的な違いもある。それは『アメグラ』の主人公たちが高校を卒業して社会的にも大人への第一歩を踏み出しているのに対し、『14の夜』の主人公たちはいくら格好つけようと、結局のところはチャリンコを転がす中坊に過ぎないことだ。

 子供はいつか大人になる。時間さえたてば、嫌でも大人になってしまう。だがいまだ子供の段階にいる本人にとって、大人への道のりは果てしなく遠い。映画のラストで主人公の口から漏れる乾いた笑いには、弱い子供として現状に留まり続けねばならない悲しさが詰まっているように思う。クソつまらない日常から脱出したくても、彼にはそのための手段が存在しない。厄介で手のかかる日常を丸ごと抱え込んだまま、それに立ち向かう力も、そこから逃げ出す方策もないまま、ただじっと自分が大人になるまで待たねばならないのだ。「青春」と言えば聞こえがいいが、それを憧れの眼差しで見つめるのは、そこから遠く過ぎ去った大人たちだけだ。青春のまっただ中は、ひたすら恥ずかしく、苦しく、面倒くさいことばかり。『アメグラ』は子供の世界から大人の世界へと旅立っていく少年たちの話だが、『14の夜』は出口のない迷宮に取り残されたようなエンディングとなる。

第29回 東京国際映画祭(日本映画スプラッシュ)
TOHOシネマズ六本木ヒルズ(スクリーン5)にて
配給:SPOTTED PRODUCTIONS
2016年|1時間54分|日本|カラー
公式HP: http://14-noyoru.com/
IMDb: http://www.imdb.com/title/tt5538068/

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