フロム・ノーウェア

公開未定

アメリカの不法移民問題を高校生の視点から描く

フロム・ノーウェア

 ブロンクスの高校で卒業間近のクラスを受け持っているジャッキーには、特に気にかけている3人の生徒がいる。真面目で勉強熱心なムーサ、いつも不機嫌な顔をしているソフィー、学校で一番の優等生アリッサだ。じつは彼らは、ギニア、ドミニカ、ペルーから、子供の頃にアメリカに不法移民してきている。アメリカの国籍も市民権もないため進学に支障が出るのはもちろん、警察に捕まれば「祖国」に強制送還されかねない不安定な身の上なのだ。ジャッキーから彼らを紹介された弁護士は、難民申請するためには祖国に戻れない客観的な根拠が必要だという。祖国が危険な場所である根拠はあるのか。家族や親戚が迫害や拷問を受けた証拠はあるのか。だが幼い頃にアメリカにやって来た彼らには、祖国についての記憶も、必要な書類も存在しないのだ。中でもムーサとソフィーは家庭内にそれぞれ大きな問題を抱えており、市民権獲得は彼らの人生にとって喫緊の課題だった。

 アメリカの不法移民問題を、低所得層が通う高校の1クラスに凝縮した青春群像劇。不法移民については、「違法行為を犯している犯罪者なんだから、強制送還も自業自得だ」という意見も根強い。入国してきた相手が大人なら、その意見にも正当性はあるだろう。だが親に連れられて国境を越えてきた子供はどうだろう。彼らは生まれ故郷の記憶が無い。故郷に送還されても、知り合いもいなければ住む家もない。アメリカ育ちで多くは英語しかしゃべれず、文化的にもアメリカ人そのものになっている。彼らは周囲にいるアメリカ人の子供たちと同じ学校に通い、クラブ活動に熱中し、アメリカ人の友だちや恋人を作り、将来の夢を語る普通の子供たちなのだ。彼らはアメリカ社会に市民として受け入れられることはなく、かといって故郷に戻ることもできない中途半端で宙ぶらりんな状態を強いられている。彼らの所属は『フロム・ノーウェア』、つまりどこにも存在しないのだ。

 映画はギニアから移住してきたムーサとその家族を軸に、不法移民問題の複雑さを描写していく。アメリカへの入国理由が難民としての条件を満たすことを証明する書類が、着の身着のままでアメリカに渡り、生活拠点を求めて転々としているうちに紛失してしまう問題。正規の身分証がないため、低賃金の労働に従事しなければならない問題。家族の中にアメリカ生まれの幼い子供がいた場合、国籍を巡って家族が引き裂かれてしまう問題。子供が成長して進路を選択しようとしても、不法移民ではまともな進学も就労も難しい問題。これは子供たちの責任ではない。しかしどれも、子供の肩にずっしりとのしかかってくる重大問題だ。映画を観るうちに、観客の誰しもが「これはなんとかならんのか!」と義憤にも似た気持ちを抱くはずだ。だがこれはほとんどの場合、「なんともならない」のだろう。かつて移民に寛容だったアメリカは、最近になって排他的な性格を強めている。

(原題:From Nowhere)

第29回 東京国際映画祭(ワールド・フォーカス)
TOHOシネマズ六本木ヒルズ(スクリーン5)にて
配給:未定
2016年|1時間30分|アメリカ|カラー
公式HP: http://2016.tiff-jp.net/ja/lineup/works.php?id=127
IMDb: http://www.imdb.com/title/tt5447816/

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