アズミ・ハルコは行方不明

12月3日(土)公開予定 新宿武蔵野館ほか全国ロードショー

女にとって、とかくこの世は生きにくい

アズミ・ハルコは行方不明

 とある地方都市。愛菜は成人式で再会したユキオと何となく付き合い出すが、彼の方は愛菜を都合のいいセフレ程度にしか考えていないらしい。ふたりはレンタルビデオ屋で元同級生の学と再会して一緒に行動するようになり、たまたま見たグラフィックアートのドキュメンタリー映画に感化されて町中にスプレーで落書きをはじめる。覆面アーティスト集団「キルロイ」の登場だ。やがて彼らは交番に貼ってある行方不明者のチラシをもとに、ステンシルを使った大量のグラフィックアートで街を埋め尽くしていく。……同じ町の別の時間。安曇春子はもう間もなく30歳が見えてきた27歳。勤め先の会社では社長と専務のセクハラ発言がひどいが、春子はそれを苦笑してやり過ごすしかない。手取り給与は13万ちょっと。会社は若い女事務員を雇っては、安い給与で使い捨てにしているのだ。彼女は近くに住む幼なじみの曽我と、ときどき会ってセックスする関係になっていた。

 映画はちょっと複雑な構成になっている。愛菜と春子というふたりのヒロインの物語が同時進行するのだが、映画の中の時系列としては春子の物語が先行し、それを踏まえて愛菜の物語が存在することになる。何しろ愛菜がユキオや学と作成するグラフィックアートのモチーフは、行方不明になっている安曇春子の捜索チラシなのだ。映画はこのふたつの物語をバラバラに解体し、入り組んだパッチワークのように再配置している。安曇春子は行方不明になる。彼女はなぜ、どこに姿を消してしまうのだろうか? このミステリーが、観客を映画の中に引っ張り込む大きな力になる。そして愛菜の物語は、安曇春子の失踪とどのようにつながるのか。さらに、物語の随所に登場して登場人物たちを攪乱していく女子高生集団は何者なのか。こうしかいくつもの謎をまき餌にして、映画の最後の最後まで観客を引っ張り回す脚本には感心する。春子を演じるのは蒼井優。愛菜役は高畑充希。

 物語のテーマは、現代の日本で今なおまかり通っている女性蔑視や女性差別の中で、女性たちがいかに生きづらい思いをしているかだ。春子が務める会社では、女子事務員の勤続年数が長くなるとセクハラでいびり出して若い女子事務員を安く雇うのだ。男性社員は給与が高いから取らない。ケチくさい会社だ。でもこの会社と同じことを、現在の日本は政府主導で大々的に実施しようとしている。春子の家では祖母の介護を母がひとりで受け持ち、祖母の実の息子であるはずの父はその苦労を見ようともしない。見て見ぬ振りをしているのではない。最初から女の苦労など眼中にないのだ。春子はこうした状況にいたたまれない思いがする。そうした状況から抜け出したいと思う。だが彼女は恋人だと思っていた曽我に対して、男が求める「女性の役割」を精一杯演じてみせる羽目にさえ陥るのだ。なんという屈辱か。僕はこの場面を観て、情けなくて悔しくて涙が出そうになったよ。

第29回 東京国際映画祭(コンペティション)
TOHOシネマズ六本木ヒルズ(スクリーン6)にて
配給:ファントム・フィルム
2016年|1時間40分|日本|カラー
公式HP: http://azumiharuko.com/
IMDb: http://www.imdb.com/title/tt5133128/

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