ぼくは明日、昨日のきみとデートする

12月17日(土)公開 TOHOシネマズスカラ座ほか全国ロードショー

ファンタジックな悲恋メロドラマ

ぼくは明日、昨日のきみとデートする

 京都の美大に通う二十歳の学生・南山高寿は、通学の電車の中で偶然見かけた若い女性に一目惚れ。彼女を追うように電車を降りると、思い切って声をかけた。彼女の名は福寿愛美。高寿と同じ二十歳で、専門学校に通う学生だという。「また会えるかな」と問う高寿に、「会えるよ。明日また会いましょう」と言って去って行く愛美。こうしてふたりは出会い、運命的な恋がはじまる。毎日会って話をし、少しずつ愛を深めていくふたり。だがある日、高寿は部屋に置き忘れていった愛美の手帳を何気なく見て愕然とする。そこには愛美と高寿のこれまでの関係だけでなく、これから先に起きることまでが克明に記されていたからだ。愛美は高寿に驚くべき告白をする。彼女はこの世界とは別の世界の住人で、そこでは日の巡りがこの世界とは逆向きに進行している。今日1日が終わると、彼女は明日ではなく、昨日の1日を生きるのだという。高寿はこの話に半信半疑だったが……。

 七月隆文の同名小説を、三木孝浩監督が福士蒼汰と小松菜奈主演で映画化したファンタジックなラブストーリー。原作未読なのだが、アイデアとしては星野之宣の傑作短編コミック「遠い呼び声」に似ていると思う。ただし星野作品は完全にSFだが、『ぼくは明日、昨日のきみとデートする』にはSFのニオイがしない。別の世界からきた恋人という設定は『時をかける少女』にも通じる古典的なジュブナイルSFの世界だが、この映画はそうした要素をSF的には描かない。これは壮大なすれ違いメロドラマであり、限られた時間を精一杯愛し合う若い恋人たちの純愛ドラマなのだ。映画の見どころは「じつはわたしの正体は」という種明かしの部分ではなく、その前後にある。若いカップルが知り合って、互いの気持ちを確かめ合って、少しずつ距離を縮めていくエピソードの初々しさ。そして期限の決められた関係を、精一杯誠実に燃焼させていこうとするふたりの健気さ……。

 この映画に似ているのは、SFよりむしろ難病メロドラマや、運命に引き裂かれる恋人たちの悲恋ドラマなどだろう。SFとして考えるとあちこちに腑に落ちないところが出てきてしまうが、この映画はメロドラマを前面に押し出してそれを乗り切ってしまう。ただしメロドラマとしての泣きポイントはそれほど多くない。映画はほとんどが高寿視点なのだが、終盤に少しだけ愛美の視点からの物語が描かれる。泣かせるなら、この部分にもっとたっぷり時間を取った方が良かったと思う。出会いの日に「明日会える」と言って手を振って別れた後、愛美が電車の中で泣き崩れてしまう場面はホロリとくる。彼女にとってその「明日」がもう来ないことを、観客は知っているからだ。でもこれに匹敵する落涙場面が、残念ながら映画にはない。映画のラストシーンも、これで良かったのかどうかわからない。物語のラストシーンは、星野之宣の「遠い呼び声」の方が感動的だったと思う。

109シネマズ名古屋(シアター6)にて
配給:東宝
2016年|1時間51分|日本|カラー
公式HP: http://www.bokuasu-movie.com/
IMDb: http://www.imdb.com/title/tt5338222/

ぼくは明日、昨日のきみとデートする (宝島社文庫)
七月 隆文
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