沈黙 ーサイレンスー

1月21日(土)公開 TOHOシネマズ 日本橋ほか全国ロードショー

神は沈黙し、主人公は饒舌に語る

沈黙 ーサイレンスー

 17世紀初頭。キリスト教が禁じられた日本では宣教師たちが海外に追放され、あえて日本に残ろうとした宣教師たちは棄教を迫られ殉教していった。ポルトガルのイエズス会修道会に、フェレイラ神父棄教の知らせが届いたのはそんな時代だった。彼の教え子であるロドリゴ神父とガルペ神父には、そのことがまったく信じられない。ふたりは真相を調べ、孤立した日本のキリスト教徒の信仰を途絶えさせないため日本に向かう。途中マカオで日本人漁師のキチジローと出会い、彼の手引きで長崎の寒村に上陸した神父たちは、そこで潜伏キリシタンたちの素朴で力強い信仰に感動するのだった。だが奉行所の詮議が厳しくなる中で、間もなくふたりは捕らえられてしまう。ロドリゴは牢の中でも日本人キリシタンたちのために神父としての勤めを続けるが、棄教しないキリシタンに対する奉行所の処置は情け容赦が無い。やがてロドリゴの前に、日本人になったフェレイラが現れる。

 遠藤周作の小説「沈黙」を、マーティン・スコセッシ監督が映画化した作品。10年以上前から「スコセッシが『沈黙』を撮る」という話は伝わっていたはずだが、企画は常に後まわしになって、今回ようやく完成することになった。もう完成することはないとあきらめていたこともあるので、映画ファンとしては嬉しい限り。主人公のロドリゴを演じるのはアンドリュー・ガーフィールド、ガルペにアダム・ドライバー、フェレイラ役はリーアム・ニーソン。日本側からは窪塚洋介、イッセー尾形、浅野忠信など多くの俳優が参加して、しっかりとした「歴史時代劇」を作り上げている。時代劇慣れしている日本人の目から見ても、時代考証がおかしいと思える部分はほとんどないのではないだろうか。映画の内容についてはいろいろな批判もあると思うが、それが映画に対する批判なのか、遠藤周作の原作小説に対する批判なのかは、一応切り分けておく必要があるのかもしれない。

 平日の真っ昼間ということもあるのだろうが、映画館はガラガラだった。いろいろな意味での話題作ではあるが、映画を観た感想は「これは誰が観て面白がるんだろうか?」というものだ。スコセッシの宗教映画はこれまでにも『最後の誘惑』(1988)があり、『クンドゥン』(1997)があるのだが、今回の映画はこうした映画に比べて派手さがなく、ずっと内省的なものになっている。この映画の中ではいろいろな事件が起きる。だがそれはアクションには結びつかず、主人公の内面的な声を引き出す役目を果たしているだけだ。映画のタイトルは『沈黙』だが、映画そのものは言葉で満ち満ちている。神の声を聞きたいと願う主人公が一方的に何事かを語り、それに対して神はひたすら沈黙を続ける。神は最後に主人公に語りかけるが、それは主人公の内なる声でしかなかったのではなかろうか。水鏡に映るロドリゴの顔が、キリストの顔に重ね合わされたのと同じように。

(原題:Silence)

109シネマズ名古屋(シアター8)にて
配給:KADOKAWA
2016年|2時間42分|アメリカ、台湾、メキシコ|カラー|シネマスコープ
公式HP: http://chinmoku.jp
IMDb: http://www.imdb.com/title/tt0490215/

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