ボヤージュ・オブ・タイム

3月10日(金)公開 TOHOシネマズシャンテほか全国ロードショー

テレンス・マリックが描く「いのちの営み」の世界

 「世の中は 何にたとえん 水鳥の嘴(はし)振る露に 宿る月影」と、曹洞宗の開祖である道元禅師は歌に詠んだ。世界の姿は、水鳥のくちばしから滴り落ちた水滴に映る月のようなものだ。それはきらめきながら水に落ち、あっという間に姿を消してしまう。だが月そのものは、その前も、その後も、夜空に輝き続けている。宇宙の誕生以来、星々は生まれては消え、地球の上では生命が生まれては消えて行く。ひとつひとつの命は儚く脆い。だがその背後には、宇宙誕生から一貫している命の営みの法則がある。命は現れては消える。これからも、命は現れ、そして消えて行くだろう。そのすべての命は、宇宙の中でひとつにつながっている。遠い昔に現れて消えた命が、いま生まれる命に力を与える。そしていま消えて行く命が、未来の命につながれていく。世界は命に満ちている。この映画は宇宙に満ちるすべての「いのちの営み」を、ダイナミックな映像で紡ぎ出していく。

 テレンス・マリックが監督したドキュメンタリー映画だ。映像が流れ、ナレーションがそこにかぶさり、BGMとしてクラシック音楽が断片的に引用されるというスタイルは、マリック監督の他作品と共通している。もっともドキュメンタリーには一切の創作がない、もしくは、創作はあるべきではないと考える人は、「これって本当にドキュメンタリーなの?」と思うかもしれない。何しろ映画の中には、CGによる映像が混じっているし、俳優たちによる演出された再現場面もたっぷり含まれている。しかもそのどこにも、「再現映像」とか「CG」という断り書きが出て来ない。この映画の中では現実の映像と現実ではない創作映像が等価に扱われ、まったく区別されていないのだ。またケイト・ブランシェットによるナレーションも、特定の誰かに取材したものなどではない。それは聖書の引用のようでもあり、手紙のようでもあり、散文詩のようでもある。これも当然創作だ。

 この映画が面白いかどうかは別として、創作もまたドキュメンタリーの手法のひとつなのだ。それは『極北の怪異』(1922)や『アラン』(1934)などの作品を遺し、「ドキュメンタリー映画の父」と呼ばれるロバート・フラハティの時代から変わらない。ジャック・ペランの製作した『WATARIDORI』(2001)や『オーシャンズ』(2009)はほとんど実写だが、その中に俳優を使ったシーンやCGなどを、観客に対して何の断りもないままに混ぜている。それでも構わない。それもドキュメンタリーのひとつの表現手法だからだ。フィクションとしての映画の中にさまざまなジャンルがあり、表現手法があるのと同じように、ドキュメンタリー映画の中にもさまざまなジャンルがあり、表現手法がある。本作『ボヤージュ・オブ・タイム』はドキュメンタリー映画が持つ豊かさの片鱗を、観客に垣間見せてくれる作品だと思う。ただし面白いかどうかは別だ。

(原題:Voyage of Time: Life’s Journey)

伏見ミリオン座(ミリオン3)にて
配給:ギャガ
2016年|1時間30分|フランス、ドイツ、アメリカ|カラー|1.85:1|ドルビーデジタル
公式HP: http://gaga.ne.jp/voyage/
IMDb: http://www.imdb.com/title/tt1945228/

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