アシュラ

3月4日(土)公開 新宿武蔵野館ほか全国順次ロードショー

暴力描写はヘビー級だが、ドラマ部分は重量不足かも

 韓国のアンナム市は、インフラ開発から取り残されて薄汚れた地方都市だ。汚れているのは町の中身も同じ。政治家も腐りきっている。その親玉が、長年市政を牛耳る市長のソンベだった。刑事のドギョンはそんな市長に飼われ、汚れ仕事を一手に引き受けることで甘い汁のおこぼれに預かっている。だがそれを察知した同僚の刑事が「自分にもオイシイ仕事を回せ」と半ば脅迫してきたことから、取り返しの付かないトラブルが起きる。ドギョンが誤って、その同僚を転落死させてしまったのだ。彼は自分を「アニキ」と慕う後輩刑事ソンモと示し合わせ、近くにいたヤク中の男を犯人に仕立て上げる。だが市長の告発に執念を燃やす特別検察のキム検事は、事件の真相を知りながら、ドギョンに市長を潰すためのスパイになれど持ちかける。断ることはできない。だが市長を裏切れば、自分の命はないだろう。ドギョンは市長と検察の板挟み。どこにも逃げ隠れする場所はなかった。

 アメリカ映画によくあるダーティ・コップものだ。登場する人間たちの中に、善人はほとんどいない。市長は悪人中の悪人だが、彼とつるんで甘い汁を吸っている主人公のドギョンも悪人。国家権力をかさに違法な捜査を行う検察官たちも、上司の顔色をうかがって自らの利益のために動いている悪党たちだ。この映画に善人らしき人物がいるとしたら、それは病気で入院しているドギョンの妻ぐらいだろう。彼女は病気で余命幾ばくもないがゆえに、世俗の汚れから距離を置くことができる。この映画の中では「生きること」はそのまま「悪になること」であり、「死ぬこと」でしか汚れた世界から抜け出すことができない。これは映画の最期まで一貫している。違法捜査で自分の評価を上げようとするキム検事が、最期に「正義の検事」としての顔を見せたのは死を覚悟してのことだった。主人公のドギョンも最期に巨悪と対決するが、彼もその先にある彼自身の死を見つめている。

 映画は最初から最後まで、初期の北野武作品を彷彿とさせるドギツい暴力描写が続く。殴ったり蹴ったりする等身大の暴力が、いかにも痛そうなのだ。話は二転三転し、サスペンスもあれば、派手なアクションシーンもある。そのわりには主人公に感情移入できないのが残念で、これがこの映画にとっての一番の弱点だろう。主人公ハン・ドギョンを演じるチョン・ウソンは西島秀俊に似た二枚目なのだが、これが周囲のゴツゴツして脂っこい顔ぶれの中で負けてしまっている。悪党たちの中で小利口に振る舞おうとする主人公が、本当に利口そうに見えるのが良くないのかもしれない。これは頭の悪い男が自分では利口に振る舞っているつもりで、どんどんドツボにはまっていく話だと思う。10年前ならソン・ガンホあたりが演じてピッタリはまった役だと思うのだが、今だと誰が演じればいいのだろうか……。後輩刑事のソンモは若いイケメンなので、それとの対比なんだけどね。

(原題:아수라)

センチュリーシネマ(センチュリー2)にて
配給:CJ Entertainment Japan
2016年|2時間13分|韓国|カラー
公式HP: http://asura-themovie.jp/
IMDb: http://www.imdb.com/title/tt5918028/

Asura: The City of Madness
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