いつまた、君と 〜何日君再来〜

6月24日(土)公開予定 TOHOシネマズ新宿ほか全国ロードショー

実在した家族の戦中戦後史

 一人暮らしをしている祖母・朋子の家を訪ねた孫の理は、祖母が脳梗塞の発作を起こして倒れているのを発見。幸い命に別状はなく、朋子は病院で順調に快方に向かいはじめる。荷物を整理するため祖母の家に戻った理は、彼女がパソコンで自分の半生の記録を整理していることを知った。その手記は昭和15年、祖父母の結婚からはじまる。「日中和平のために働きたい」と言う祖父・吾郎と結婚して南京に渡った朋子。だがほんの数年で戦況は厳しくなり、一家は上海へと移住。さら敗戦によって、着の身着のままで日本に引き揚げてくることになった。愛媛にある朋子の実家で冷遇された一家は、茨城で運送業をはじめようとするが失敗。吾郎は福島のタイル販売業者に勤めるが、出張先で交通事故に遭って大ケガし、なんとか会社に戻ってみれば経理の持ち逃げで事務所はもぬけの空。吾郎はその後も次々職を変えるのだが、運に見放されたようにどれも長続きしなかった……。

 向井理と尾野真千子主演で綴られる、庶民視点からの戦中戦後史だ。映画としては弱い部分や冗長な部分、ちぐはぐな構成になっている部分も目立つ。例えば映画導入部にある、主人公たちの初デートの場面。これは僕には、必要以上に冗長な場面に感じられた。映画のテーマ曲でありタイトルにもなっている「何日君再来(ホーリージュンザイライ)」が最初に流れる印象的な場面だが、このテーマ曲の押し出しや売りも弱いと思う。だがこの映画には、そうした弱点を補って余りある長所も多いのだ。じつはこの物語には実在のモデルがいる。原作者の芦村朋子は向井の祖母で、原作は自費出版された彼女の手記。映画の中で若い時代を尾野真千子、高齢になってからを野際陽子が演じているのが原作者だ。本作の企画者でもある向井理は、自分の祖父に当たる吾郎を熱演。この吾郎は、インテリで、真面目で、誠実な好人物なのに、時代に翻弄され、運命にもてあそばれてしまう。
 
 物語は最初から最後まで朋子の視点で描写されているのだが、この映画が描こうとしているのは、不器用に生きて死んだ吾郎という男の姿だったのだと思う。彼は「日中和平のために働く」という夢を持って中国に渡るが、早々に挫折して上海の民間企業で働き、やがて敗戦で無一文になって帰国する。とはいえこの時代、もっと器用に立ち回れば中国で得た財産を日本に持って帰ることはできたし、そうした人たちはいくらでもいるのだ。しかし吾郎はそれを潔しとしない。他の日本人引揚者が無一文なら、自分も無一文であるべきだと考える。戦後になっても「養子の身で親を捨てられない」とか、「闇の商売には手を出したくない」などといちいち正論を主張する。苦しさも、辛さも、悔しさも、すべて自分ひとりで飲み込み、家族のため懸命に生きようとしてきた男が、最後に運命に圧し潰されてしまうのは悲しい。彼が子供たちの頭をそっと撫でる場面に、ただ涙がこぼれる。

109シネマズ名古屋(シアター8)にて
配給:ショウゲート
2017年|1時間54分|日本|カラー
公式HP: http://itsukimi.jp
IMDb: http://www.imdb.com/title/tt6481310/

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