MIFUNE: THE LAST SAMURAI

5月12日(土)公開 有楽町スバル座ほか全国順次公開

三船敏郎なくして戦後チャンバラ映画なし!

 戦後の1950年代初頭から1970年代にかけて、海外から見た「日本人らしい日本人」「現代のサムライ」と言えば三船敏郎だった。中国山東省で日本人写真館主の息子として生まれた三船は、終戦後復員すると知人の紹介で東宝の撮影部に入社願書を出した。ことろがなぜか、これが東宝ニューフェイスの申し込みに紛れてしまった。こうして三船は、不本意ながら映画俳優になった。1947年のデビュー作『銀嶺の果て』で脚本を書いたのが黒澤明。黒澤はこの後、自身の作品に欠かせない俳優として三船敏郎を起用し続ける。『羅生門』(1950)のヴェネチア国際映画祭金獅子賞受賞で、主演の三船も日本を代表する映画俳優になった。以降は黒澤と三船の二人三脚で、『七人の侍』(1954)や『用心棒』(1961)など、映画史に残る数々の作品に出演し続けた。本作はそんな三船敏郎の姿を通して、日本映画の歴史を俯瞰してみせるドキュメンタリー映画だ。

 わずか1時間20分の短い映画だが、内容は盛り沢山だ。そこには当然、三船敏郎が登場する。黒澤明が出てくる。彼らについて語る、多くの映画関係者が登場する。土屋嘉男、加藤武、夏木陽介といった人たちが、じつに嬉しそうに黒澤や三船について語っている。ゴジラ役者の中島春雄が、初代『ゴジラ』と同年に出演した『七人の侍』について語っているのも興味深い。彼らはこの映画の撮影後に亡くなっているので、これは貴重なインタビューだ。香川京子、司葉子、八千草薫、二木てるみなどが、優しくて照れ屋だった舞台裏の三船について語ると、そこには昭和30年代の日本映画黄金時代が蘇る。正直、紹介されているエピソードにさほど目新しいものはないのだが、それを現場にいた当事者たちから聞けるのはたまらない。スピルバーグやスコセッシが、本当に嬉しそうな顔で三船敏郎の魅力を語っている場面だけでも、この映画を観る価値はあるのではないだろうか。

 だがこの映画の本当のテーマは三船敏郎でも黒澤明でもなく、日本が世界に誇る「チャンバラ映画」の栄枯盛衰なのかもしれない。そのため映画ではサイレント映画時代の目玉のまっちゃん(尾上松之助)から、阪妻や右太衛門など戦前の剣豪スターを取り上げ、それを黒澤映画の「リアルな殺陣」と対比させる。このあたりは正直、駆け足すぎて上手く行っているとは思えない。しかし三船や黒澤の死で映画が一通り終わったあと、エンドロールではまたサイレント映画が紹介されるのだから、これは意図的なものなのだ。この映画は三船敏郎と黒澤明の活躍から死までを描きながら、日本独自の映画ジャンルであるチャンバラ映画の黄金時代と死を描いている。サイレント時代に誕生した日本のチャンバラ映画は、黒澤と三船によって革命的な進化を遂げたが、その後は新たな変革を生み出せないまま衰退していく。日本のチャンバラは、三船敏郎という役者一人が支えていたのだ。

(原題:Mifune: The Last Samurai)

サンプルDVDにて
配給:HIGH BROW CINEMA
2015年|1時間20分|日本|カラー|1.66:1
公式HP: http://mifune-samurai.com/
IMDb: https://www.imdb.com/title/tt4000670/

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