オール・ザット・ジャズ

5月25日(金)公開 午前十時の映画祭9

「死」をテーマにしたミュージカル映画

 演出家で振付師、さらに映画監督でもあるジョー・ギデオン。才能がひしめき合うブロードウェイで、誰しもが認めるナンバーワンの才能と実績の持ち主だ。現在は新しいショーの準備が始まったのに加え、映画の編集は大詰めに差し掛かっている。まったく気の休まる暇が無い多忙な日々。それでも彼は毎朝鏡に向かい、自分を鼓舞するように「ショータイムだよ、皆さん」と言ってから稽古場や編集室に出かける。(そして女遊びも欠かさない。)だがショーの準備が半ばに差し掛かった頃、長年の不摂生がたたってジョーは倒れてしまう。医者の診断は絶対安静。しかしジョーは見舞に来る友人たちを相手に、毎日のようにバカ騒ぎを続けるのだ。彼は自分が不死身だとでも思っているのだろうか? そうではない。彼は誰よりも自分の死を強く意識している。長年に渡り、死は彼にとって最良の友であり、同時に敵でもあった。彼は今、目の前に迫ってくる死に怯えているのだ。

 ボブ・フォッシーの自伝的作品とも言われる『オール・ザット・ジャズ』は、自分の死と向き合うことを余儀なくされた男の物語だ。映画の中に劇中劇として挿入される映画では、コメディアンがキューブラー・ロスの有名な「死の受容」理論を引き合いに出しながら、人間がいかにして自分の死をと同向き合い、受容に至るかについて語っている。それによれば、人が自分の死を受け入れるまでには、否認・怒り・取引・抑うつ・受容という5つの段階があるのだという。この映画は主人公がこの5つの段階を経て、自分の死を受容するまでの物語なのだ。ジェシカ・ラング扮する幻影の中の女(一応アンジェリークという役名がある)は死神だが、これはベルイマンの『第七の封印』(1957)へのオマージュだと思う。『第七の封印』に出てくる死神は、年老いた男で、黒ずくめの服を着ている。それに対して本作の死神は正反対。見た目は若い女で、全身真っ白な衣装なのだ。

 ミュージカル・ナンバーはどれも見応えがある。一番のお気に入りはやはり、アン・ラインキングとエリザベート・フォルディの「エブリシング・オールド・イズ・ニュー・アゲイン」。これを大画面で観られるだけでも、今回これを映画館で観て良かった! しかし今回観てなるほどと思ったのは、稽古場で披露される「テイクオフ・ウィズ・アス」の前半と後半の振り付けの違いだ。このナンバーの前半は帽子の使い方やステップなどが、いちいちすべて「いかにもボブ・フォッシー」という振り付けになっている。それは言い方を変えれば、主人公ジョー・ギデオンのスタイルということだ。観ている関係者はこれに大喜び。しかしジョーはこれに満足できず、自分のスタイルをあえて葬り去る。天才はファンがどれほど望んでも、自分自身を模倣し続けることができない。この映画の最後に、ボブ・フォッシー監督は自分自身のすべてを丸ごとぶち壊して葬り去ってみせるのだ。

(原題:All That Jazz)

ミッドランドスクエアシネマ(スクリーン7)にて
配給:ソニー・ピクチャーズ
1979年|2時間3分|アメリカ|カラー|1.85:1
公式HP: http://asa10.eiga.com/
IMDb: https://www.imdb.com/title/tt0078754/

CRITERION COLLECTION: ALL THAT JAZZ
Criterion Collection (Direct)
売り上げランキング: 94,780

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

%s と連携中