モアナ 南海の歓喜

9月15日(土)公開 岩波ホール

ドキュメンタリー映画の父が再現した南海の暮らし

 1920年代初頭、世界初のドキュメンタリー映画『ナヌーク(極北の怪異)』(1922)で好評を博したロバート・フラハティ監督は、家族とともにサモア諸島サバイイ島に移り住んだ。北極圏カナダでエスキモーの暮らしを撮影したのに続き、南太平洋の孤島でポリネシア人たちの暮らしを撮影しようとしたのだ。一家は族長の信頼を得て、さまざまな珍しい風習を撮影することに成功した。主人公は島の青年モアナだ。美しい島の風景の中で繰り広げられる、島民の伝統的な暮らし。島の周囲にある豊富な海の幸、ヤシやタロイモを中心にした食生活。植物の樹皮を薄く剥いで作る布と、そこに施される繊細な装飾。島に伝わる勇壮な祭りと、青年が大人の男になるため乗り越えなければならない通過儀礼。それが終われば、モアナと恋人との結婚式がはじまる。映画が完成したのは1926年。それから半世紀たち、フラハティの娘が映画に素晴らしい音声トラックを付けた。

 フラハティは「ドキュメンタリー映画の父」と呼ばれる映画監督だ。だが世界で最初にドキュメンタリー映画を撮ったのは、フラハティではないはずだ。それはリュミエール兄弟であり、彼らの会社から世界中に派遣されたカメラマンが撮影した短編記録映画だろう。だがリュミエール兄弟の時代には、これらの映画が「ドキュメンタリー」とは呼ばれていなかった。世界で最初に「ドキュメンタリー」と呼ばれた映画は、フラハティの『モアナ』なのだ。これ以来、フラハティのスタイルで撮られた映画は、すべてドキュメンタリーと呼ばれるようになる。本作はこの点で、映画史に残る作品と言えるだろう。だがフラハティの映画は、現在我々が考えるようなドキュメンタリーとはだいぶ様子が違う。それは現地に行ってありのままの風景や風物を撮影するのではなく、映画用に演出された風景や風物、映画のために再現された文化を撮影している。すべて再現や演出やヤラセなのだ。

 本作の場合も、登場する家族は映画のためにキャスティングされた家族で、本当の家族というわけではないようだ。当時サモアの人々は普通にシャツを着ていたが、映画は彼らに伝統的な樹皮で作った服を着せ、若い女性の胸は露わにさせた。キリスト教宣教師の指導で既に廃れていた入れ墨の儀式を、映画のために再現もしている。こうした「再現」の技法はフラハティ作品に欠かせないものであり、同じ事は『ナヌーク』や『アラン』でも繰り返されている。そしてこの映画は、それをまったく隠さない。本作の場合はもともとサイレントだった映画に、半世紀たってから新しい音を当てている。これが「現実そのもの記録」であるはずがないではないか。フラハティ映画の持つこうした大らかさが、僕は大好きだ。今では「ドキュメンタリー」としては許されない技法だが、映画創生期なればこそ許された、ジャンル開拓者だけが特権的に持ち得る表現技法。フラハティは最高だ!

(原題:Moana with Sound)

名古屋シネマテークにて
配給:グループ現代
1926・1980・2014年|1時間18分|アメリカ|モノクロ|スタンダード|モノラル
公式HP: https://moana-sound.com/
IMDb: https://www.imdb.com/title/tt0017162/

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