アイ・フィール・プリティ! 人生最高のハプニング

** 2018年12月28日(金)公開 新宿ピカデリーほか全国ロードショー**

終盤の取りまとめが雑なのは残念

 世界的な化粧品メーカーに勤めるレニーは、自分の容姿に自信が持てないことで窮屈な生活を送っている。動画サイトを見ながら化粧や髪型を工夫しても、彼女は自分が美しくないことに引け目を感じていた。だがある日フィットネスクラブで転倒して目を覚ますと、彼女の身に奇跡が起きていた。鏡の中にいるのは、これまで見たことがないような絶世の美女。(ただしそう見えているのはレニー本人だけなのだが。)容姿に自信が付いたレニーは、あらゆることに積極的になる。周囲の人は、決して美しいとは言えないレニーが自信満々なのを不思議そうな目で見る。だが彼女は周囲の驚きの目を、「私が美しいせいでみんながびっくりしている!」と解釈している。レニーは本社の受付嬢に名乗りを上げて採用され、本社の経営トップや幹部たちからも一目置かれるようになる。素敵な恋人もできた。だがこうした変化は、レニーの態度を少しずつ傲慢なものにしていくのだった。

 エイミー・シューマー主演のコメディ映画。ポッチャリ型のヒロインが、特定の個人の目からは絶世の美女に見えるという物語は、ファレリー兄弟の『愛しのローズマリー』(2001)に似ている。しかし本作ではその「特定の個人」が、ポッチャリ型ヒロイン自身だというのが面白い。またこの映画では主人公の目に見える「美女になった自分」を画面に登場させず、主人公の表情や仕草で「とてつもない美女」を感じさせる点がユニークだ。ただしこれが良かったのかどうかはわからない。主人公の「私は美しい!」という錯覚(奇跡!)は主人公の中だけで完結し、映画を観ている観客とも共有されないからだ。『愛しのローズマリー』では主人公の世界を観客も共に生きることができたが、『アイ・フィール・プリティ!』では観客と主人公が別の世界にいる。観客が主人公に共感し、一体化するのではなく、主人公は常にスクリーンの向こう側で観察されているだけなのだ。

 こうした物語では、結末がわかりきったところに着地するしかない。「見た目は関係ない。人間は中身が大事だよ」とか、「自信を持って生きれば、人は誰でも美しいね」とか、そういう道徳的な教訓がオチになるに決まっている。だったらなおさら、決まりきった予定調和の結末に落ち着くまでに、物語をもっと大胆に引っかき回すべきなのだ。あるいは周囲の人たちを、もっとダイナミックに巻き込んで行くべきだった。脚本も当初それを想定していたようで、主人公の周囲にはクセのある人物たちが何人も配置されている。しかし映画はそれらを生かせないまま、取って付けたようなハッピーエンドに大急ぎで駆け込んでいく。特に、主人公が自分に起きた「奇跡」の真実を知る場面は弱い。ここは主人公の物の見方や考え方が一変する、物語のテーマの上では最大のクライマックス。しかし映画はここをさらりと流してしまうのだ。仮に予定調和でも、ここが物語のヘソなのに。

(原題:I Feel Pretty)

ミッドランドスクエアシネマ2(スクリーン14)にて
配給:REGENTS
2018年|1時間50分|アメリカ|カラー|2.35:1
公式HP: http://ifeelpretty.jp/
IMDb: https://www.imdb.com/title/tt6791096/

映画『アイ・フィール・プリティ!  人生最高のハプニング』 オリジナル・サウンドトラック
オリジナル・サウンドトラック
SMJ (2018-12-05)
売り上げランキング: 107,501

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Google フォト

Google アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

%s と連携中