バイス

** 4月5日(金)公開 TOHOシネマズ日本橋ほか全国ロードショー**

人生は、歴史は、アイロニーに満ちている

 2001年9月11日のアメリカ同時多発テロ。パニック状態になるアメリカ政府高官たちの中で、それまで目立たなかった一人の男が世界最大の権力を掌握する。その男の名はディック・チェイニー。通常は政権のお飾りでしかないアメリカの副大統領だが、国家の危機的状況の中で、彼は大統領さえ凌ぐ権力を手に入れる。なぜ彼には、そんなことが可能だったのか。そもそも彼は何者なのか? 1960年代。名門イェール大を中退した彼は、野心家の恋人リンに尻を叩かれて別大学を卒業し、やがて政治の世界に足を踏み入れていく。躍進のきっかけになったのは、下院議員ドナルド・ラムズフェルドのスタッフになったこと。ラムズフェルドはチェイニーを気に入り、自身がニクソン政権の要職に就いたときはチェイニーをホワイトハウスに連れて行く。ウォーターゲート事件でニクソンが辞任すると、チェイニーは史上最年少でアメリカ合衆国大統領首席補佐官に就任した。

 第43代アメリカ大統領ジョージ・W・ブッシュの副大統領を務めた、ディック・チェイニー(第46代副大統領)の伝記映画。主人公のチェイニーをクリスチャン・ベールが演じているが、特殊メイクも駆使して数十年に渡る半生を演じきっている。他にもラムズフェルドをスティーヴ・カレル、ブッシュ大統領をサム・ロックウェルが演じているのだが、これがあまりにもそっくりで笑ってしまった。そう、これは笑う映画、実在する登場人物たちが、実際の事件を再現してみせる、実録政治コメディなのだ。監督・脚本・製作は、クリスチャン・ベールやスティーヴ・カレルと『マネー・ショート 華麗なる大逆転』(2015)でも組んだアダム・マッケイ。俳優たちの徹底した「モノマネショー」にも驚くが、一人称の映画の語り口にも仕掛けがあって楽しませる。映画ジャンルとしてはコメディだろうが、モチーフになっている現実は、まったく笑えない世界政治の現実だ。

 映画はチェイニーの人生にまつわる諸々を笑いつつ、チェイニー本人を笑いものにしているわけではない。彼は複雑な人物だが、道化でもないし、モンスターでもない。それどころかこの映画に登場する人たちは、誰ひとりとして個別には笑いの対象になっていないのだ。しかし時代の状況や、人と人との関わりの中で、なぜかそこには笑いが生まれる。その極端な例は、映画の語り手の正体だ。この映画はこの語り手を笑ってはいない。語り手もチェイニーに文句を言いつつ、笑っているわけではない。でもここには笑いが生まれる。アイロニーの笑いだ。場違いな場所に、場違いな人たちが集まり、場違いなことが起きる。当人たちが真面目であればあるほど、その場違いさが目立ち、引き立つ。するとそこに、笑いが生まれるのだ。歴史の偶然が、登場人物たちをここぞというタイミングで舞台の中央に引っ張り出す。その最大のものが、9.11同時多発テロという惨劇なのだ。

(原題:Vice)

伏見ミリオン座(ミリオン2)にて
配給:ロングライド
2018年|2時間12分|アメリカ|カラー|2.39:1
公式HP: https://longride.jp/vice/
IMDb: https://www.imdb.com/title/tt6266538/

策謀家チェイニー 副大統領が創った「ブッシュのアメリカ」 (朝日選書)
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