ゴジラ キング・オブ・モンスターズ

5月31日(金)公開 全国ロードショー

怪獣よりも恐ろしい人間たち

 ゴジラとムートーの出現により、サンフランシスコやラスベガスに甚大な被害がもたらされてから5年。モナークで巨大生物を研究していた科学者のラッセル夫妻は、破壊の中で息子のアンドリューを失った苦しみを抱えたままだ。夫のマークは仕事も家族も振り切って、野生動物の観察と研究という孤独な仕事に逃避する。妻のエマはモナークに残り、夫と研究していた「オルカ」という装置をついに完成させた。それは巨大生物たちと音声で交信できる、世界で唯一の装置だった。だが装置完成の直後、重武装の環境テロリスト・グループが研究施設を襲撃してオルカを奪い、エマ博士と娘のマディソンを誘拐する。彼らはオルカを使って、南極の施設に眠る巨大生物、モンスター・ゼロを目覚めさせるつもりなのだ。マークは妻と娘を救出するためモナークの兵士たちと南極に向かうが、エマは夫の目前でモンスター・ゼロ復活のスッチを入れる。新たな怪獣の王が誕生するのだ!

 一般に、映画は「大きな物語」と「小さな物語」で構成されている。大きな物語というのは、その映画全体を包み込む包括的なストーリーだ。歴史的な大事件、大きな時代のうねり、戦争、対立など、個人の力ではどうにもならない、巨大なエネルギーを持つ何かを描く。小さな物語というのは、その大きな物語と接した場面で生きる、個々の人間のドラマだ。戦争映画がしばしば個々の兵士のドラマや、家族の話、恋人たちのドラマを描くのも、大きな物語と小さな物語を組み合わせるためなのだ。2014年の映画『GODZILLA ゴジラ』は、怪獣出現による都市破壊という大きな物語と、ひとりの兵士が家族と再会しようとする小さな物語を組み合わせていた。本作『ゴジラ キング・オブ・モンスターズ』はその続編。巨大怪獣が次々に現れて破壊の限りを尽くすという大きな物語に、前作と同じく、再会を目指す家族という小さな物語を組み合わせた映画になっている。

 今回の映画、「大きな物語」に関しては申し分のない出来だ。本作の人類文明破壊描写に比べれば、前作など取るに足らない線香花火みたいなものでしかない。世界中の大都市を思う存分壊しまわる怪獣たちに対し、人間たちの武器は蚊が刺した程度の痛痒すら与えられない。圧倒的な力。圧倒的な暴力。その理不尽なまでの破壊力が、映画の頭からお尻までぎっしり詰め込まれている。しかし「小さな物語」の側に目を転じると、今回の映画はかなりクレイジーな様相を呈してくる。狂った研究に血道を上げるマッド・サイエンティストと、目的のためならいかなる流血も辞さない環境テロリストが手を組んで、怪獣連合を使った人類一掃を計画するのだ。しかしこのマッド・サイエンティストは、人類滅亡を企てているくせに自分の娘の身を案じるというデタラメぶり。一連の惨事で何千何万の命が奪われようと、最後は家族が涙ながらに抱き合ってハッピーエンド。こんなのあり?

(原題:Godzilla: King of the Monsters)

TOHOシネマズ名古屋ベイシティ(スクリーン2)にて
配給:東宝
2019年|2時間12分|アメリカ|カラー|2.39 : 1
公式HP: https://godzilla-movie.jp/
IMDb: https://www.imdb.com/title/tt3741700/

The Art of Godzilla: King of the Monsters
Abbie Bernstein
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ゴジラ キング・オブ・モンスターズ」への1件のフィードバック

  1. ピンバック: ゴジラ vs コング | 映画瓦版

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