存在のない子供たち

7月20日(土)公開 シネスイッチ銀座ほか全国ロードショー

それでも子供たちは生きている

 ゼインはシリア人難民の少年だ。ベイルートの裏路地で家族と暮らしているが、身分証を持たない一家は誰も正規の職に就けず、公的な援助を受けることも出来ない。ゼインは近くの雑貨店を手伝って家計を助け、学校にも通えない。一家はアパートの家賃を滞納しているが、大家でもある雑貨店主がゼインたちを部屋から追い出さないのにはわけがある。雑貨店主はゼインの妹サハルと結婚する気でいるのだ。妹が「おとな」になれば結婚させられてしまう。だがサハルが初潮を迎えて間もなく、彼女は結婚のため大家に無理矢理連れ去られてしまった。ゼインがどれだけ反対しても無駄だった。ゼインは両親を恨み、家を飛び出していく。そんな彼を助けたのは、エチオピアからの不法移民ラヒルだった。家政婦として働いていた彼女は、妊娠したことで雇用主に解雇されて以来、偽造した身分証で働く不法就労者になってしまったのだ。ゼインは彼女の家で暮らし始めるが……。

 映画は法廷で原告席に立つゼインの姿からはじまる。医師の診断によれば、彼の推定年齢は12歳ぐらい。現在は人を刺した罪で刑務所に服役中だが、今回の裁判では訴えられる側ではなく、訴える側。訴えた相手は、なんと自分の両親だという。なぜ彼は正確な年齢がわからないのか? なぜ人を刺すような罪を犯したのか? なぜ両親を訴えるのか? こうした数多くの「なぜ」を冒頭に提示してから、映画は法廷に至るまでのいきさつを描いていく。形式としてはミステリーなのだ。ミステリー映画は「なぜ」という謎の答えをエサにして、観客を物語のラストまで引っ張っていく。だがこの映画の場合、謎の答えにはあまり意味がないような気がするのだ。回想シーンに入った途端に主人公ゼインの置かれている状況があまりにも苛酷すぎで、そこで何が起きてもまったく不思議ではないことがわかる。しかしこの世界は映画の創作ではなく、この世界にある現実の姿なのだ。

 2007年の監督デビュー作『キャラメル』が日本でも公開されている、ナディーン・ラバキー監督の新作。物語はフィクションだが、個々のエピソードは取材した実話に基づいている。映画に出演する「役者」たちはプロの俳優ではなく、実際の難民や不法労働者たちだ。置かれた立場は少しずつ違っていても、彼らは映画の中で普段の自分自身や、自分の家族、日頃の暮らしの中ですぐ近くにいる隣人たちの人生を再現しているのだ。世界から見捨てられたように暮らす子供の生活は、是枝裕和監督の『誰も知らない』(2004)に通じるものがある。大人の知らないところで、隠れるようにして生きることを強いられた子供たちの世界だ。『誰も知らない』で注目された柳楽優弥は、その後プロの俳優になった。だが本作でゼインを演じたゼイン・アル=ラフィーアは、この映画の撮影後に難民としてノルウェーに移住したという。残念な気もするが、まあハッピーエンドだ。

(原題:Capharnaüm)

伏見ミリオン座(ミリオン1)にて
配給:キノフィルムズ
2018年|2時間5分|レバノン|カラー|2.35 : 1|ドルビーデジタル
公式HP: http://sonzai-movie.jp/
IMDb: https://www.imdb.com/title/tt8267604/

Capharnaum
Capharnaum

posted with amazlet at 19.07.23
Khaled Mouzanar
Decca (2019-03-14)

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