ピータールー マンチェスターの悲劇

8月9日(金)公開 TOHOシネマズシャンテほか全国公開

人間の姿は200年たっても変わらない

 1815年。ウォータールーの戦いでナポレオンが敗れた。連合軍を率いたウェリントン公爵は、救国の英雄として讃えられる。だが戦闘に参加した末端兵士たちは、何の恩賞もないまま貧しい生活に戻って行くしかない。マンチェスターの我が家に戻ったジョシュアも、そんな貧しい兵士のひとりだった。当時のマンチェスターは繊維産業が盛んで、彼の家族も織物工場で働いている。だが戦後の不景気で労働者の賃金は削られ、生活はますます貧しくなっていく。しかも当時のイギリス議会には、こうした貧しい労働者の声が届かなかった。労働者階級には選挙権がなく、普通選挙を求める者は革命を求めるに等しい過激派だと思われていたからだ。それでもマンチェスターの労働者たちは普通選挙を求め、有名な演説家のハントを招いて大規模な集会を開催しようとする。ハントは政治家や軍に妨害の口実を与えぬよう、市民は非武装で集会に参加するよう指示したのだが……。

 1819年にイギリスで起きた「ピータールーの虐殺」を、巨匠マイク・リー監督が映画化した作品。物語はナポレオン戦争に参加した庶民の息子ジョシュアとその家族たち、庶民の苦しい生活に無関心な王侯貴族と政治家たち、政治改革を目指す社会運動家たちという、3つの視点から描かれていく。リー監督は左派リベラルの映画作家であり、この映画でも最も同情的に描かれているのはジョシュアたち庶民の立場だ。映画の途中から登場するヘンリー・ハントが物語の実質的な主人公ではあるのだが、彼はプロの政治家や社会運動家であって、その土地に根を張って生きる庶民というわけではない。自分自身の理想実現のために市民を先導する彼の振る舞いは、時に身勝手で傲慢に見えることもある。また「虐殺」を引き起こした役人や資本家、貴族や王族たちは、映画の中で明白な敵意を持って描かれている。しかしその批判の矛先は、過去に向けられたわけではないはずだ。

 映画を観ていると、ここに出てくる人々の姿や事件がが、そのまま今現在の世界の現実と重なり合ってくる場面がある。賃上げを求める労働者の要求に、「雇ってやっているのに、恩知らずの裏切り者どもめ」と悪態を付く雇用主たち。集まってくるデモ隊に恐怖し、軍隊出動の要請をする役人たち。集められた兵士たちは酒を飲んで勢いを付け、罪のない市民たちを蹴散らしていく。監督のマイク・リーはおそらくこうしたエピソードを、イギリス社会の現在と重ね合わせて描いているのだと思う。だがこられのエピソードは、そのまま日本の現実とも重なってくる。沖縄の反基地デモを「反日活動」だと悪し様に罵る人たちがいる。国会前のデモを「テロに等しい」と言った政治家がいる。サービスエリアでのスト破りを美談のように紹介する報道番組がある。社会的な活動に活路を見出そうとする人々を、「怠け者めが。そんなことやる前に働け」と冷ややかに見る人々がいる。

(原題:Peterloo)

伏見ミリオン座(ミリオン4)にて
配給:ギャガ
2018年|2時間35分|イギリス|カラー
公式HP: https://gaga.ne.jp/peterloo/
IMDb: https://www.imdb.com/title/tt4614612/

Peterloo (Original Motion Picture Soundtrack)
Dubois Records (2018-11-02)

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