ブレードランナー ファイナル・カット

9月6日(金)公開 全国のIMAXシアターで2週間限定公開

大画面で観るショーン・ヤングは美しかった

 西暦2019年。人類は外宇宙に進出している。苛酷な環境下で人間を手助けし、時として慰安を与えるのは、遺伝子操作で生まれた人造人間、レプリカントだ。だが人間以上に苛酷な境遇を強いられる彼らはしばしば脱走し、自由を求めて地球に逃れてくる。地球でレプリカントを捜し出して処分するのが、ブレードランナーと呼ばれる特殊刑事たちだった。ブレードランナーのリック・デッカードは、逃亡した最新型レプリカント4体の追跡と処分を命じられる。彼は最新型についての情報を得るため製造元のタイレル社を訪れるが、そこで出会った社長秘書のレイチェルは、幼少時の偽の記憶を植え付けられたレプリカントだった。逃亡したレプリカントの所持品から、ダンサーとして繁華街に潜伏中の個体を発見したデッカードは、雑踏の中で彼女を射殺。その様子を目撃した別のレプリカントに殺されそうになるが、間一髪のところで彼を助けたのはレイチェルだった……。

 1982年に製作されたSFアクション映画。僕は初公開時に劇場で観ているが、今では『2001年宇宙の旅』(1968)や『スター・ウォーズ』(1977)と同じ古典になっている作品だと思う。古典というのは何度も語られ、隅々まで分析され、語り尽くされているものだ。この映画が好きな人は、おそらく自宅のテレビモニターで、繰り返し、数え切れないほどこの映画を観ているだろう。台詞の一言一句を記憶し、あらゆる場面で、あらゆるカットで、何が起きるかを熟知しているだろう。だがそうした人でも、今回のIMAX版は改めて劇場で観るに価値があると思う。それはIMAXの巨大スクリーン一杯に引き延ばされてもまったくアラが見えない艶やかな映像と、劇場全体を包み込むサウンドの臨場感だ。特に音響は、映画館でなければ味わえない体験を生み出すと思う。クライマックスの雨の場面は、まるで劇場全体が雨に包み込まれるかのようで感動的だ。

 この映画は主人公デッカードではなく、逃亡レプリカントたちの物語なのだと思う。デッカードはエピソードをつなぎ、観客を重要な場面に運ぶ狂言回しに過ぎない。その証拠に、この映画はレプリカントたち(レイチェルも含む)のバックグラウンドは丁寧に紹介されているのに、主人公であるはずのデッカードについては、生活も、経歴も、彼自身の思想も、まったく見えてこない。彼は何となくこの物語の当事者のようになっているが、じつは無名の傍観者なのだ。そう考えれば、逃亡レプリカントのリーダーだったロイ・バッティが、なぜデッカードを殺さず生き延びさせたのかもわかる。彼は自分たちの生と死の瞬間についても、デッカードに傍観者として立ち会うことを望んだ。この映画のテーマは「死」なのだ。レイチェルを連れて自らも逃亡者になったデッカードは、やがてレイチェルの死の目撃者にもなるだろう。それが「殺し屋」だった彼の背負う十字架なのだ。

(原題:Blade Runner)

109シネマズ名古屋(シアター7)にて
配給:ワーナー・ブラザース映画
1982年|1時間58分|アメリカ|カラー|2.39 : 1
公式HP: https://warnerbros.co.jp/home_entertainment/detail.php?title_id=5
IMDb: https://www.imdb.com/title/tt0083658/

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