今さら言えない小さな秘密

9月14日(金)公開 シネスイッチ銀座ほか全国順次公開

この愛はニセモノなのかもしれない

 ラウル・タビュランは、南仏プロヴァンスの山間にある小さな村で自転車修理店を営んでいる。その腕はピカイチで、持ち込まれた自転車のどんな不調もたちどころに見抜き、即座に直してしまうのだ。村人たちは彼を尊敬し、自転車のことを「タビュラン」と呼ぶほどだ。だがラウルには深刻な悩みがあった。彼は家族にも話せない秘密を抱えていたのだ。これまで何とかそれを隠しおおせてきたが、あることがきっかけでそれが白日の下にさらされそうになっている。その秘密とは、彼が自転車に乗れないということ。子供の頃から何度も挑戦したが、どうしてもバランスがとれない。にもかかわらず、村人も家族もなぜかラウルが自転車の名手だと思っている。これまでは上手くごまかしてきたのだが、村に有名な写真家のフィグーニュがやって来て、ラウルが自転車に乗っている姿を取りたいと言いだしたから絶体絶命。しかもこの話に、家族もすっかり乗り気になってしまった!

 取り立てて良いも悪いもない映画のように見せかけて、これが結構楽しくて、ホノボノとした幸福感を生み出してくれる。その秘密は、映画の随所にしっかりとタネも仕掛けも埋め込まれているからだろう。饒舌な主人公に対して、彼の父が終始無言なのもその仕掛けのひとつ。(この映画の中では、主人公の思い出の中に登場する人達がほとんど喋らない。)主人公や周辺の人物を演じる俳優が、子役から大人になるまで違和感なくつながるのもキャスティングの工夫。パステル調の明るい色彩の中で、不器用な主人公の分身のように画面に登場する、ミントグリーンの自転車のかわいらしさ。携帯やスマホなどのデジタル機器を画面になるべく出さず、カメラマンの写真機も古風な二眼レフにするなど、レトロで懐かしい道具立て。主人公の一人称視点で進行していく物語が、終盤でするりと妻の視点に切り替わるクライマックスも、こうした多くの企みの中でこそ力を発揮するのだ。

 主人公は自転車に乗れないのに、自転車が大好きだという男。彼はそのスピードを、そのメカニズムを、その存在を愛し、ついには村で一番の自転車修理工になる。彼の自転車に対する愛情は本物だ。誰にも負けない。だが彼は自転車に乗れないことで、自分の自転車に対する愛に引け目を感じてしまうのだ。自分は自転車を愛するに値しない男なのではないか。自分の自転車に対する愛は、インチキで偽物なのではないか。こうした「自分自身の愛に対する不信」が、そのまま彼の「妻への愛」に重ね合わせられているのがこの物語のミソだ。彼は自分が自転車に乗れないことを秘密にしたまま、妻と結婚してしまった。妻は彼が自転車の名手だと思っている。妻は自分の秘密を知ったら、愛想を尽かしてしまうだろう……。愛されることの不信を描く物語は数え切れないほど存在するが、愛することへの不信を描いている作品は少ない。だがこれは、わりと普遍的な物語かもしれない。

(原題:Raoul Taburin)

伏見ミリオン座(劇場4)にて 
配給:セテラ・インターナショナル 
2018年|1時間30分|フランス、ベルギー|カラー|1.85 : 1 
公式HP: http://www.cetera.co.jp/imasaraienai/ 
IMDb: https://www.imdb.com/title/tt7831674/

今さら言えない小さな秘密
ジャン=ジャック・サンペ(著)Jean-Jaques Sempé(著)荻野アンナ(訳)
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