ライフ・イットセルフ 未来に続く物語

11月22日(金)公開 TOHOシネマズ シャンテほか全国ロードショー

タネも仕掛けもたっぷりのロマンス映画

 ウィルとアビーは深く愛し合っていた。少なくとも、ウィルはそのつもりだった。大学で知り合ったふたりは卒業後に結婚し、やがて子供を授かる。子供の出産を控えた幸せな日々。だがその幸せを無視するように、突然アビーはウィルのもとを去った。この事実を受け入れられないウィルは自殺を図り、精神病院に一時的に入院。退院後は精神科医のカウンセリングに通いながら、傷ついた心を癒やそうとしている。今でもウィルは「なぜ彼女は去ったのか」と自分自身に問い続けている。あれほど愛していたのに。いや、ひょっとすると愛していたのは自分だけで、彼女はそうではなかったのだろうか。自分の気持ちも、愛ではなくただの束縛だったのかもしれない。そんな堂々巡りを続けるウィルに、精神科医は語りかける。「アビーは去ったのではない。あなたの目の前で、交通事故で死んだのだ」と。ウィルが受け入れられないのは、アビーが死んでしまったという事実だった。

 『Dearダニー 君へのうた』(2015)のダン・フォーゲルマンが脚本・監督を務めた、いささか込み入ったラブストーリー。ストーリー自体はさほど難しいものではないが、語り口にひねりがある。このひねりや仕掛けを面白いと感じるひねくれた映画ファンなら、この映画を気に入るに違いない。だがそれは映画の仕掛けに対する「感心」であり、ストーリーに対する「感動」でも、キャラクターに対する「共感」でもない。少なくとも僕は、この映画に大いに感心した。しかし感動はしなかったし、共感もしなかった。隣の席で映画を観ていた若い女性の客は映画の終盤でポロポロ泣いていた様子だが、正直僕には、この客が何に感動して泣いているのかさっぱりわからない。登場人物が死んでしまうことで泣きたいなら、新聞記事を読めばいい。そこには多くの死が、簡潔な文章で綴られている。でも、普通はそれじゃ泣けない。映画の感動は出来事をどう語るかで決まる。

 この映画のモチーフになっているのは、文学理論で言うところの「信頼できない語り手」だ。物語の案内役として設定されている語り手や主人公が、物語の読み手に意図的にストーリーを誤解させる技法のことだ。小説ならクリスティの「アクロイド殺し」が有名だし、映画だと『ユージュアル・サスペクツ』(1995)や『ファイト・クラブ』(1999)がこの手法で観客をびっくりさせた。本作『ライフ・イットセルフ』は、映画冒頭のシークエンスが「信頼できない語り手」の技法を使っていることを最初から白状しているし、アビーの大学時代の研究テーマも同じく「信頼できない語り手」だったと語られる。だとすれば、この映画全体が「信頼できない語り手」によるミスリードになっている可能性は高い。映画後半は女性ナレーターによる一人称の語り。つまりここに描かれているすべては、全くの虚構であることが最初から明白なのだ。感心はする。でも感動するかい?

(原題:Life Itself)

伏美ミリオン座(劇場2)にて 
配給:キノフィルムズ 
2018年|1時間57分|アメリカ、スペイン|カラー|2.35 : 1 
公式HP: https://life-itself.jp/ 
IMDb: https://www.imdb.com/title/tt5989218/

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