1917 命をかけた伝令

2月14日(金)公開 全国ロードショー

ドラマの欠如した戦争スペクタクル

1917

 第一次大戦中のフランス。1917年4月6日。前線で束の間の休息を取っていた若いイギリス兵スコフィールドとブレイクは、司令部に呼び出されて別の部隊への伝令任務を与えられる。退却中のドイツ軍を追って、現在1600人の部隊が敵陣深くに侵入している。だがそれはドイツ軍の罠で、このまま進めば部隊が全滅するかもしれないというのだ。その部隊には、ブレイクの兄も参加している。明朝には総攻撃が開始される。残された時間は少ないが、この伝令任務の成否いかんに1600人の命が委ねられているのだ。二人の兵士は命令書とわずかばかりの荷物を持って、塹壕から危険な戦闘地帯に踏み出して行く。行く手に待つのは打ち捨てられた塹壕と腐乱した兵士の死体の山。退却するドイツ軍が残していった仕掛け爆弾にも気が抜けない。かつてはのどかな農村地帯だった場所だが、退却中のドイツ軍はあらゆるものを破壊した。二人は廃墟になった農家にたどり着く。

 今年の第92回アカデミー賞では作品賞や監督賞など10部門でノミネートされたものの、主要部門を韓国映画『パラサイト 半地下の家族』にさらわれ、撮影賞、録音賞、視覚効果賞など技術系部門の受賞にとどまった戦争大作。話題作ではあったのだが、映画を観ると、これで作品賞など主要部門は難しかっただろうと思わざるを得なかった。なにしろこの映画には、「出来事」があっても「ドラマ」がないのだ。物事や事件の羅列は、それだけではドラマにならない。これは事件を伝える新聞記事やテレビニュースが、それだけではドラマとして成立しないのと同じ事だ。ドラマにはそこに観客や読者を引っ張り込む仕掛けや仕組みが必要なのだが、この映画は徹底してそれを拒絶している。観客は出来事の目撃者になる。しかしそれは傍観者としての体験だ。登場人物たちの思いに共感したり、反発を感じたりする余地はない。主人公が苦難に遭っても、観客には全部他人ごとだ。

 映像的にも技術的にも、結構すごいことをやっていると思う。例えば本作は全編ワンカット撮影風に見せているのだが、その中で映画的な時間の省略を両立させているのだ。主人公が気を失っているという、明確な時間省略部分はある。しかし他の場面はすべてノンストップだ。それでいて、映画の上映時間は2時間弱。ならば気を失っていた時間を除いて、他の場面はすべてリアルタイム進行なのかというと、それは絶対にそうなっていない。カットを割らずにカメラでずっと主人公を追いかけながら、同時に映画はあちこちで数分、数十分、ひょっとすると数時間の時間を省略しているらしい。しかもまったく不自然さを感じさせずにだ。この映画でもっともすごいのは、多分そこだと思う。できることなら、なぜそんなことが可能なのかを、映画をもう一度観直して確認したいぐらいだ。観客がすべてを観ているはずなのに、その目の前で時間を盗み取っていく魔法がここにはある。

(原題:1917)

109シネマズ名古屋(シアター7)にて 
配給:東宝東和 
2019年|1時間59分|イギリス、アメリカ|カラー|1.90 : 1 (IMAX version) 
公式HP: https://1917-movie.jp/ 
IMDb: https://www.imdb.com/title/tt8579674/

1917
1917

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Original Soundtrack
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