すばらしき世界

2月11日(木)公開 全国ロードショー

穏やかなハッピーエンドに涙する

 殺人犯の三上正夫が、13年ぶりに刑務所から出所する。彼は刑務所を出る前、ある資料を東京のテレビ関係者に送っていた。それは「身分帳」と呼ばれる自分自身の調査書を、裁判中に自分自身の手で書き写したものだ。三上には幼い頃に生き別れた母がいる。その母の行方を、テレビの力を借りて探したかったのだ。こうして出所直後の三上の様子を、テレビのスタッフが追いかけ始める。三上は身元引受人の弁護士夫婦に見守られつつ職探しを始めるが、刑務所を出たばかりであることに加えて持病もあり、止むを得ず生活保護を受給することに。だがオンボロアパートで一人暮らしを始めた彼の生活は、どこか周囲の人たちからずれている。世の中は彼が知っている13年前とは、ずいぶん様変わりしているのだ。三上は弁護士夫妻の他、福祉窓口のケースワーカー、最初は彼を万引き犯と間違えたスーパーの店長などに囲まれて、更生への道を歩んでいくかに見えたのだが……。

 『ディア・ドクター』(2009)や『永い言い訳』(2016)の西川美和監督が、役所広司を主演に招いて作ったヒューマンドラマ。原案は佐木隆三の小説「身分帳」。小説は実在した元服役囚をモデルにした実録小説で、小説の時代設定を現代に変更したため、原作ではなく原案という扱いになっているようだ。佐木隆三は実録犯罪映画『復讐するは我にあり』(1979)の原作者として有名だが、今回の映画は犯罪そのものがモチーフにはなっていない。人生の大半を刑務所の中で過ごしてきた初老の男が、刑務所の外のカタギの世界に歯を食いしばってしがみつこうとする日常の物語なのだ。西川監督はデビュー作の『蛇イチゴ』(2002)以来一貫して、市井の暮らしの中で法やモラルなどの規範を踏み外してしまった人々を描いてきたように思う。描かれているのは常に、規範の内側で暮らす普通の人々と、それを踏み越えてしまうアウトローの境界にいる人間なのだ。

 今回の映画の主人公の三上は元犯罪者、しかも粗暴な殺人犯という点で、これまでの西川作品の主人公たちとは一線を画している。彼は明確にアウトローの世界にいた人間だ。だが長いムショ暮らしを終えて「今度はカタギぞ」と誓う三上は、ここで日川作品に共通する境界の上に立っている。映画を観る人たちは、崖っぷちを弱った脚でヨタヨタ一人歩きするような三上の姿に、つい「そっちじゃないぞ。戻れ!」とハラハラドキドキしてしまうのだ。考えてみれば、これは同じ役所広司が主演した『うなぎ』(1997)と同じ。そして「堅気になろうとした元やくざが、いろいろあって結局またやくざに」というのは、これまで数限りなく作られてきたやくざ映画のひとつの定型パターンでもある。映画を観る人は何度も何度も、主人公が努力を無駄にしてやくざの世界に舞い戻ってしまうと考えるはずだ。そこで必死に境界に留まり続けるスリルとサスペンス。これが西川映画だ。

109シネマズ名古屋(シアター9)にて 
配給:ワーナー・ブラザース映画 
2021年|2時間6分|日本|カラー 
公式HP: https://wwws.warnerbros.co.jp/subarashikisekai/ 
IMDb: https://www.imdb.com/title/tt12801374/

身分帳 (講談社文庫)
身分帳 (講談社文庫)

posted with AmaQuick at 2021.02.23
佐木 隆三(著)
講談社 (2020-07-15T00:00:01Z)
5つ星のうち3.9
¥924

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