春江水暖 〜しゅんこうすいだん

2月11日(木・祝)公開 Bunkamuraル・シネマほか全国ロードショー

映画とてし記録された現代の富春山居図

中国杭州市の中でも、古くから風光明媚な土地として知られる富陽。経済発展の激しい杭州市中心部のベッドタウンとして、猛スピードで再開発が進む地域でもある。その富陽の一角で、顧(グー)家の人々が祖母の誕生日を祝う宴会を開いていた。場所は長男の経営するレストラン。そこに漁師をしている次男の家族、ダウン症の息子を男手ひとつで育てている三男、まだ独身の四男が顔を揃える。祖母が子供や孫たちに祝儀を配りはじめたとき、彼女が突然倒れる。軽い脳卒中で命に別状はない。だがこれで、以前から症状の出ていた認知症が一段と進んでしまうだろう。兄弟それぞれの生活もあり、退院する祖母を引き取ったのは長男の家だった。この家では、現在一人娘の縁談話が進んでいる。相手は金持ちだから、これがまとまれば貧しい長男一家の借金問題も解決だ。だが娘には交際中の恋人がいる。父は娘の恋人に会って好印象を持つが、母は徹底的に大反対するのだった。

原題の『春江水暖』は、宋代の詩人・蘇東坡が富春江の風景をうたった詩「恵崇春江晩景」の一節。それに添えられている『Dwelling in the Fuchun Mountains』という英題は、元代の画家・黄公望の代表作「富春山居図」の英語でのタイトルだ。この映画は映像による詩であり、映像による水墨山水画なのだ。カメラは人物や風景をとらえながら、ゆったりと横移動していく。それは否応なしにカメラの存在を観客に意識させ、観客が物語に入り込むのを拒む。映画の世界は、観客の視線から常に一定の距離を保ち、映画の中だけで完結した世界を作っている。何度か出てくる長い長い横移動カットは、その場面を絵巻物のように見せる効果を生み出す。映画の中に描かれる、四季折々の風景。最初は蒸し暑い夏から始まり、秋から冬を経て、最後は春が巡ってくる。川縁の美しい四季の風景。その合間に、経済発展著しい現代中国の姿が挿入される。

物語は小津安二郎の『東京物語』(1953)を連想させる。『東京物語』と同じく、この映画も年老いた親と、子供たちの物語だからだ。姪っ子に「叔父さんが一番優しい」と言われた三男が、「僕には家族が息子しかいないから。僕もずるいんだよ」と言う場面など、『東京物語』の終盤で原節子が香川京子を諭す場面と重なり合うではないか。(そう言えば本作で孫娘のグーシーは幼稚園の先生。恋人は小学校の教員という設定。『東京物語』で香川京子が演じる末娘も小学校の教員だった。)子供たちが老いた親を愛しながら、それぞれの家庭の事情で十分なことをしてやれないのも同じ。このあたり、小津は子供たちの態度をかなり辛辣に描いていたが、本作は家族それぞれの立場に一層寄り添って、親の面倒を見きれない子供たちの事情への配慮が手厚い印象だ。2時間半もある映画だが、映像作品としての美しさがあるので長さはさほど感じない。完成度の高い映画作品だ。

(原題:春江水暖 Dwelling in the Fuchun Mountains)

伏見ミリオン座(劇場4)にて
配給:ムヴィオラ
2019年|2時間30分|中国|カラー|1.78 : 1
公式HP: http://www.moviola.jp/shunkosuidan/
IMDb: https://www.imdb.com/title/tt10219146/

蘇東坡詩選 (岩波文庫 赤 7-1)
蘇 東坡(著), 小川 環樹(翻訳), 山本 和義(翻訳)
岩波書店 (1975-01-16T00:00:01Z)

5つ星のうち4.0

¥4,320 (コレクター商品)

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Google フォト

Google アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

%s と連携中