王の願い −ハングルの始まり−

6月25日(金)公開予定 シネマート新宿、シネマート心斎橋

まったく新しい文字をゼロから作った男

 1442年夏。李氏朝鮮第4代国王・世宗は、雨乞い儀式にうんざりしていた。神々に捧げる祝詞の文言が漢文なのだ。漢文の祝詞が朝鮮の神々の心に響くだろうか。だが腹立たしいことに、朝鮮には自分たちの言葉を表記する文字がない。王族や役人などは漢文を読み書きできるが、自分たちが日常的に使っている言葉は書き記す術がないのだ。世宗は朝鮮独自の文字を作る必要を感じていた。そんなとき、ある事件をきっかけにして世宗は仏教僧のシンミ和尚と出会う。当時の朝鮮は仏教を弾圧していたが、寺院には漢文資料では手に入れられない梵字(サンスクリット語)の資料がある。ひょっとすると、梵字は朝鮮語表記の参考になるのではないか? 世宗はシンミ和尚に協力を求め、新しい朝鮮語表記用文字の創作に着手する。だがこれは、宮廷の役職を独占支配する儒者たちの反発を招いた。儒者と仏僧は犬猿の仲。だが両者の協力なしに、文字の普及浸透はあり得ないのだ。

 『バラサイト 半地下の家族』(2019)のソン・ガンホが、李氏朝鮮歴代国王の中でも名君と讃えられる世宗を映じた歴史ドラマ。世宗と父王・太宗は、李氏朝鮮の黄金時代を築いた名君として知られ、特に世宗はハングルを作った王として有名だ。だが本作に登場する世宗は、どこか弱々しい部分を持っている。映画は1442年から、ハングルが完成して世に出た1446年までを描くが、これは世宗の治世の末期に当たる。王は1450年に亡くなっているので、ほとんど最晩年だ。この頃の王は、身体が衰えて病気がちであり、目も片方見えなくなっている。自分が過去に行ってきた政治闘争や弾圧が、多くの人たちを傷つけたことに心を痛めている。宮廷内では儒者たちが行政機構を独占し、しばしば王に圧力をかけてくる。宗主国である明のご機嫌うかがいもしなければならない。映画の中では文字作りのエピソードの中に、王の過去と現在の状況が巧みに織り込まれる。

 日本も朝鮮と同じ漢字文化圏なのだが、ハングル発明のような苦労をしなかった。日本人は古い時代に漢字の意味に大和言葉の読みをあてる訓読みと、漢字をもとに表音文字として利用する仮名を発明した。漢文にはレ点や一二点などの記号を付け、日本語として訓読する技術を編み出した。日本人は明治初期まで公式の文書や公式文書を漢文や漢文まじりの文章で書いていたが、そこにある漢文は中国語ではなく、中国語風に表記された紛れもない日本語だった。そのため日本人は、書き言葉と話し言葉の深刻な分裂というものをほとんど経験していない。この映画を観ることで、古くから仮名文字や漢文訓読を編み出した日本という国の「ことば」についても考えてしまうのだ。なお映画の中には日本人僧たちが登場するが、この映画に描かれているような出来事は本当にあったんだろうか。朝鮮での仏教弾圧や仏教蔑視を説明するための創作のようにも思うのだが、どうだろうか?

(原題:나랏말싸미)

京橋テアトル試写室にて 
配給:ハーク  配給協力:EACH TIME
2019年|1時間50分|韓国|カラー|スコープサイズ|5.1ch 
公式HP: http://hark3.com/hangul/ 
IMDb: https://www.imdb.com/title/tt10438454/

ハングルの誕生 音から文字を創る (平凡社新書 523)

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