キネマの神様

これは山田洋次監督版の『影武者』だ

映画『キネマの神様』のチラシ画像

■あらすじ

 物心ついて以来、円山歩は父の郷直(ゴウ)にずっと悩まされている。酒好きで、ギャンブル中毒。周囲に借金してはギャンブルに注ぎ込み、不義理を重ねている。娘の歩も協力して一度全部清算したはずだが、再度得体の知れない業者から借金をしているようだ。

 そんな郷直は、かつて映画撮影所で助監督をしていたことがある。いつか監督になり、誰も観たことがないような映画を撮る日を夢見て、ベテラン監督や技師たちの下で修行の日々。そんな彼にとって気を許せる仲間と言えるのは、撮影所の映写技師・寺林新太郎(テラシン)と、撮影所前の食堂「ふな喜」の看板娘・淑子だった。

 ゴウは親友のテラシンが淑子に思いを寄せていることを知り、彼のために一肌脱ごうと決心する。だが本当のことを言えば、ゴウも淑子に好意を持っていたのだ。そして淑子も……。

 再び現代。ゴウのギャンブルと借金に業を煮やした歩と淑子は、ついに強硬手段に出た。

■感想・レビュー

 山田洋次監督の新作は、松竹大船撮影所を舞台にした活動屋たちの青春ドラマと、コロナ禍の現在が交錯するドラマ作品。山田監督は松竹蒲田撮影所を舞台にした『キネマの天地』(1986)という作品も撮っているので、この映画は言わばその続編みたいな位置づけになる。『キネマの天地』は賛否両論あっても豪華キャストの立派な作品だったが、今回の映画はいろいろな面で残念なものになったと思う。

 この映画の感想は、『影武者』(1980)や『ゴッドファーザー PART III』(1990)に近い。事前にアナウンスされていた俳優が、完成した映画で交代になってしまった作品だ。『影武者』を観る人は「信玄役が勝新太郎であったなら」と思いながら映画を観るし、『ゴッドファーザー PART III』を観る人は「メアリー役がウィノナ・ライダーであったなら」と思いながら映画を観る。それと同じように、『キネマの神様』を観る人の多くは、「ゴウの役が志村けんであったなら」と思うはずだ。

 『キネマの神様』という映画は、僕は失敗していると思う。アル中でギャンブル癖があり常に借金まみれなのに、それを意に介さずに飄々と受け流す憎めない男。そんなゴウを沢田研二は好演していると思うが、これはやはり志村けんの役であったと思う。

 映画を観ていると、なぜこの男がこの状態で家族からも見放されないまま生きているのかが不思議でならない。映画の中で最大の不思議がゴウであり、その不自然さが最初から最後まで気になって仕方がないのだ。でもこの役が志村けんであれば、強烈な個性と行動で周囲を引きずり回し、それでいて憎めない男に説得力があったのではないだろうか。

 もちろんそんなことは、山田監督が一番ご存知だろう。本作は「主演俳優の不在」を意図的に作品中に組み込んでいる。映画の中の現在が「コロナ禍の日本」になのも、そうした意図あってのことだろう。

109シネマズ木場(シアター5)にて 
配給:松竹 
2021年|2時間5分|日本|カラー 
公式HP: https://movies.shochiku.co.jp/kinema-kamisama/ 
IMDb: https://www.imdb.com/name/nm0945282/

キネマの神様 ディレクターズ・カット

キネマの神様 ディレクターズ・カット

posted with AmaQuick at 2021.08.11原田 マハ(著)
文藝春秋 (2021-03-24T00:00:01Z)
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キネマの神様」への1件のフィードバック

  1. ピンバック: 久しぶりの自転車はやはり楽しい | 新佃島・映画ジャーナル

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