ホワイト・クロウ 伝説のダンサー

5月10日(金)公開 TOHOシネマズ シャンテ、シネクイント、新宿武蔵野館ほか全国ロードショー

伝説のプリンシパル、ヌレエフの伝記映画

 1961年6月16日。ソ連の花形バレエダンサー、ルドルフ・ヌレエフが、パリの空港で突然亡命した。一体なぜ、彼はそんな大それたことをしでかしたのか。ヌレエフは1938年生まれ。母が彼を産んだのは列車の中だった。貧しい生活の中でバレエに出会うが、名門ワガノワ・キーロフバレエ学院に編入したのは17歳の時。バレエダンサーとしての基礎を学ぶには年を取っていたが、名伯楽プーシキンと出会ってめきめきと頭角を現し、数年後にはキーロフ・バレエ団のプリンシパルに迎えられる。1961年のヨーロッパ公演は、ヌレエフにとって初の西側での公演。しばしば反抗的な態度を示す彼の参加に難色を示す人たちもいたが、ベストメンバーでの公演を目指せば彼を外すことはできない。パリに到着した彼は水を得た魚のように生き生きとし、フランスのバレエ関係者やセレブたちと活発な交流や夜遊びを行う。これは監視役のKGBを警戒させるに十分だった。

続きを読む

バイス

** 4月5日(金)公開 TOHOシネマズ日本橋ほか全国ロードショー**

人生は、歴史は、アイロニーに満ちている

 2001年9月11日のアメリカ同時多発テロ。パニック状態になるアメリカ政府高官たちの中で、それまで目立たなかった一人の男が世界最大の権力を掌握する。その男の名はディック・チェイニー。通常は政権のお飾りでしかないアメリカの副大統領だが、国家の危機的状況の中で、彼は大統領さえ凌ぐ権力を手に入れる。なぜ彼には、そんなことが可能だったのか。そもそも彼は何者なのか? 1960年代。名門イェール大を中退した彼は、野心家の恋人リンに尻を叩かれて別大学を卒業し、やがて政治の世界に足を踏み入れていく。躍進のきっかけになったのは、下院議員ドナルド・ラムズフェルドのスタッフになったこと。ラムズフェルドはチェイニーを気に入り、自身がニクソン政権の要職に就いたときはチェイニーをホワイトハウスに連れて行く。ウォーターゲート事件でニクソンが辞任すると、チェイニーは史上最年少でアメリカ合衆国大統領首席補佐官に就任した。

続きを読む

ビリーブ 未来への大逆転

3月22日(金)公開予定 TOHOシネマズ日比谷ほか全国ロードショー

少数者を抑圧する社会常識と戦え!

 1956年秋。一児の母でもあるルース・ギンズバーグは、名門ハーバード大学のロースクールに入学した。当時同大学で法律を学ぶ女子学生はたった9人。その後コロンビア大に移った彼女は主席で卒業するが、当時のアメリカに女性を雇う法律事務所はひとつも存在しなかった。弁護士への道を閉ざされたルースは、大学の法科教授としてキャリアを築いて行く。それから10年。大学で法的な男女差別について教えているルースに、税法専門の弁護士である夫が一件の訴訟案件を持ち込んでくる。それはデンバーに住む中年の男性の訴えだった。原告は認知症を患う母親の介護のため看護師を雇ったが、その費用の税控除が認められなかったのだ。同じように認知症家族のために看護師を雇っても、独身男性以外は控除が受けられる。これは独身男性に対する法的な差別だ。ルースはこの訴訟を、法律により容認されている男女差別撤廃のための突破口にしようとするのだが……。

続きを読む

ふたりの女王 メアリーとエリザベス

3月15日(金)公開 TOHOシネマズ シャンテほか全国ロードショー

スコットランド女王メアリーの悲劇

 1561年8月。幼くしてスコットランド女王として即位しながらフランスに嫁いでいたメアリーが、夫の死によって祖国スコットランドに帰国する。これを脅威と感じたのが、隣国のイングランドだ。女王エリザベスは父王ヘンリー8世が母と離婚したため庶子の身分であり、その王位継承には疑義を持つ者も多かった。エリザベスの王位継承が無効なら、メアリーはイングランドの正当な王位継承者にも成り得る。熱心なカトリック信徒であるメアリーの帰国により、宗教改革後にプロテスタント優位で決着が付きそうだったイングランドやスコットランドに、再び深刻な宗教対立の嵐が巻き起こる心配もあった。だがこうした政治的思惑は、メアリー本人の思いとはまったく別のものだった。彼女が願いは、祖国スコットランドやイングランドの人々が、安心して暮らせることだけ。だがその思いとは逆に、両国の対立は水面下で激しく火花を散らし、深刻の度合いを深めていく。

続きを読む

運び屋

3月8日(金)公開 全国ロードショー

イーストウッド10年ぶりの監督・主演作

 デイリリーの栽培農家として、世界中の愛好家たちに名前を知られていたアール・ストーン。自慢の花や苗を持って各地の品評会や即売会を駆け回っていた彼だったが、インターネット販売に押されて売れ行きは低迷。やがて自慢の農園や家も手放す羽目になった。妻とはもうだいぶ前に離婚し、子供や孫とも音信不通状態。だが結婚する孫娘のために、何もしてやれないのは心残りだ。そんな彼に、ひとつの仕事が舞い込んでくる。ある場所から別のある場所に、荷物を運ぶだけの仕事。荷物の中身については、見ざる、聞かざる、言わざるのお約束だ。仕事の依頼主は麻薬組織のメンバーたち。長年無事故無違反で安全運転を心がけてきた高齢のアールが、オンボロのトラックで荷物を運んでも警察に疑われることはまずなかろうと見込んでのことだ。目論見は大成功。組織は無事に荷物を運び、アールも思いがけない大金を手にした。彼はすっかり、この仕事に味を占めてしまう。

続きを読む

ファースト・マン

2月8日(金)公開 TOHOシネマズ日比谷ほか全国ロードショー

カリスマ宇宙飛行士の孤独な世界

 1961年。NASAのテストパイロットであるニール・アームストロングは、ロケット機X-15のテスト飛行中、制御できなくなった機体を何とか着陸させることに成功した。だが現在彼を悩ませているのは仕事のことではなく、幼くして脳腫瘍を患う娘カレンのことだ。家族の祈るような願いと治療のかいもなく、カレンは2歳半の短い生涯を閉じる。このことは、ニールの心を深く傷つけることになった。彼はその後ジェミニ計画の飛行士に応募して、苛酷な訓練の日々を送るようになる。1966年。ニールが船長を務めるジェミニ8号は、無人衛星とのドッキングに成功。一時は操作不能になる危機的な状況となったが、ニールの的確な処置で無事帰還を果たした。その翌年、悲劇的な事故が宇宙飛行士たちを襲う。発射台のアポロ1号が火災事故を起こし、飛行士3人が死亡したのだ。それでも計画は進んで行く。ニールは月着陸を目指すアポロ11号の船長に選ばれた。

続きを読む

この道

1月11日(金)公開 TOHOシネマズ日比谷ほか全国ロードショー

盟友山田耕筰が語る北原白秋の実像

 昭和27年。小田原で開催された「北原白秋 没後十周年記念コンサート」で、白秋とのコンビで多数の歌曲を作った作曲家の山田耕筰が指揮棒を振っていた。コンサート終了後、記者から白秋についての思い出を尋ねられた彼は、「あんなひどいやつはいない」と言いながら、若き日の白秋と自分自身の関わりについて語り始める……。山田と白秋が出会ったのは、「赤い鳥」の鈴木三重吉の紹介によるものだった。「あなたの詩に曲を付けてより豊かなものにしたい。新しい日本の歌曲を作りたい」と熱く語る山田だったが、「僕の詩に何か加えるなんて許さない。僕の詩はそれだけで完璧な芸術なんだ!」と白秋は共作に興味を示さない。だが大正12年の関東大震災に打ちひしがれる人々の姿を見て、白秋の気持ちは共作に傾く。音楽には詩にはない力があると思ったのだ。大正14年。二人が作詞作曲した「からたちの花」が、日本初のラジオ放送で演奏されることになった。

続きを読む