ハーツ・ビート・ラウド たびだちのうた

6月7日(金)公開 ヒューマントラストシネマ渋谷、新宿シネマカリテほかにてロードショー

小さくて愛らしいミュージカル映画

 ブルックリンで小さなレコードショップを経営するフランクは、17年続けた店を閉めようと決心した。一時は流行った店だ。今でも熱心な常連客はいるものの、インターネット時代にレコード一本の店は成り立たない。妻が事故で亡くなった後、男手ひとつで育て上げた一人娘のサムは、新学期からLAの大学で医者になる勉強をはじめるため家を出る。そろそろ潮時なのだ。元ミュージシャンの彼にとって目下唯一の楽しみは、子供の頃から音楽を教えて育てた娘との即興的なセッション。あまり乗り気ではないサムを強引に誘い、その晩ひとつの曲が生まれた。それが「ハーツ・ビート・ラウド」だ。出来上がった曲が驚くほど良かったため、フランクは娘に内緒でSpotifyにアップロード。これがSpotifyの注目曲リストに選ばれたことで、彼はすっかり舞い上がってしまう。だがサム自身はもっと冷静だった。音楽は大好き。でもそれは彼女の夢ではないのだ。

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この道

1月11日(金)公開 TOHOシネマズ日比谷ほか全国ロードショー

盟友山田耕筰が語る北原白秋の実像

 昭和27年。小田原で開催された「北原白秋 没後十周年記念コンサート」で、白秋とのコンビで多数の歌曲を作った作曲家の山田耕筰が指揮棒を振っていた。コンサート終了後、記者から白秋についての思い出を尋ねられた彼は、「あんなひどいやつはいない」と言いながら、若き日の白秋と自分自身の関わりについて語り始める……。山田と白秋が出会ったのは、「赤い鳥」の鈴木三重吉の紹介によるものだった。「あなたの詩に曲を付けてより豊かなものにしたい。新しい日本の歌曲を作りたい」と熱く語る山田だったが、「僕の詩に何か加えるなんて許さない。僕の詩はそれだけで完璧な芸術なんだ!」と白秋は共作に興味を示さない。だが大正12年の関東大震災に打ちひしがれる人々の姿を見て、白秋の気持ちは共作に傾く。音楽には詩にはない力があると思ったのだ。大正14年。二人が作詞作曲した「からたちの花」が、日本初のラジオ放送で演奏されることになった。

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ボヘミアン・ラプソディ

11月9日(金)公開 TOHOシネマズ六本木ヒルズほか全国ロードショー

ライブの再現シーンはすごい迫力!

 インドからの難民家庭に育ったフレディは、ライブハウスで見かけたバンド「スマイル」に欠員が出たため、新しいシンガーとしてバンドに参加することになった。間もなくバンドは「クイーン」に改名。試行錯誤して作ったアルバムが注目されてバンドは徐々に売れ始め、4枚目のアルバム「オペラ座の夜」からは6分の大作「ボヘミアン・ラプソディ」がシングルカットて大ヒット! だがこの頃からフレディは自分の同性愛指向を意識するようになり、恋人メアリーとの関係は破綻してしまう。クイーンはさらにヒットを連発するが、バンド成功の裏側でフレディの孤独は深まり、生活は荒んで行くばかりだ。マネージャーであり愛人でもあったポールの斡旋で、フレディはクイーンを離れてソロ活動をはじめる。だがそれ結果として、フレディの孤独をより深めていく原因になってしまった。同じ頃、彼の身体を病魔が蝕みはじめる。それは当時不治の病とされたエイズだった。

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アメリカ交響楽 ~ラプソディ・インブルー~

9月15日(土)公開 名演小劇場

ガーシュインゆかりの人々が本人役で出演

 20世紀初頭のブルックリン。貧しいが教育熱心なユダヤ系家庭に育ったジョージ・ガーシュインは、ピアノを習い始めるとめきめき腕を上げ、やがてボードビルや音楽出版社で演奏家の仕事をするようになった。ピアノ教師のフランク教授は教え子の演奏にポピュラー音楽のクセが付くことを心配するが、ジョージの夢は演奏家ではなく作曲家だった。その入口は、まずポピュラーソングだ。転機になったのは人気歌手のアル・ジョルスンが、ジョージの曲「スワニー」を気に入って舞台に取り上げたこと。この曲は大ヒットし、ジョージはたちまち人気作曲家に。初期には手ひどい失敗もあったが、「ジョージ・ホワイトのスキャンダル」を担当することで人気は不動のものとなる。1924年には初のクラシック曲「ラプソディ・イン・ブルー」が大成功。ジョージはクラシック音楽をより深く学ぶため、フランスに遊学することとなる。そこで彼を、運命の出会いが待っていた。

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ラ・ラ・ランド[IMAX2D・字幕]

2月24日(金)公開 TOHOシネマズみゆき座ほか全国ロードショー

ミュージカル映画が好きな人は必見!

ラ・ラ・ランド

 女優を目指してハリウッドにやって来たミアだが、チャンスをつかめないまま6年の歳月が流れている。それでも彼女は夢をあきらめない。ハリウッドで成功の女神が微笑むのは、最後まで夢をあきらめない者にだけなのだ。彼女が知り合ったジャズピアニストのセブもまた、時代遅れの夢を追いかける青年のひとりだ。彼が愛するのは古き良き時代のジャズ。いずれは自分の店を持ちたいと願っているが、そこまでの道は果てしなく遠くけわしい。それでも互いに惹かれ合ったふたりは、一緒に暮らすようになる。夢見るふたりの夢のような暮らし。だがそこでセブは、自分たちの現実の生活を振り返ってしまった。ミアとの生活を考えて、気乗りのしない売れ筋のバンドでの活動を引き受けたセブ。「君のためこんなに苦労しているのに!」「それはわたしが望んだことじゃない!」。収入が増えて暮らしに余裕が出始めた矢先、セブとミアの気持ちはすれ違っていくのだった……。

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天使にショパンの歌声を

1月14日(土)公開 角川シネマ有楽町、YEBISU GARDEN CINEMAほか全国公開

学校を守ろうとする修道女の奮闘

天使にショパンの歌声を

 1960年代。カナダのケベックに、カトリックの女子修道会が営む寄宿制の音楽学校があった。校長はもとコンサート・ピアニストのオーギュスティーヌ。彼女の教育方針に従って、学校には音楽を愛する多くの修道女と生徒が集まっている。だがこの時代、教会は社会の世俗化という荒波に大きく揺り動かされていた。政府は公教育を充実させ、カトリック系の学校からも多くの生徒が公立学校に転校している。教会は第2バチカン公会議後の改革で、ミサの方式や修道会のあり方が大きく変化している。オーギュスティーヌの学校は、修道会の経費削減を理由に閉校の瀬戸際にある。オーギュスティーヌは学校の存続をはかるため、マスコミを集めたイベントを開催し、広く社会に向けて学校の必要性をアピールした。同じ頃、学校にはオーギュスティーヌの姪アリスが転入してくる。彼女はピアニストとして天性の素質を持ちながら、自分の殻に閉じこもりがちな問題児だった。

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SUPER FOLK SONG ピアノが愛した女。[2017デジタルリマスター版]

1月6日(金)公開 新宿バルト9ほか全国公開

リバイバル公開された伝説の音楽ドキュメンタリー映画

SUPER FOLK SONG ピアノが愛した女。

 1992年の冬。シンガーソングライターの矢野顕子が、新しいアルバムの制作に取り組んでいた。アルバムタイトルは「SUPER FOLK SONG」。ピアノ弾き語りの一発録りにこだわったこともあり、膨大なNGテイクが出る。完全主義者の矢野はわずかなミスタッチも許さず、何度もリテイクを繰り返す。だが彼女のことをよく知るスタッフたちは、そのことに少しも異議をはさまない。アーティストとしての彼女を100%信頼しているのだ。自ら作詞や作曲も行う矢野だが、今回のアルバムではすべての曲がオリジナルではなくカバーだ。この映画では、はちみつぱいの「塀の上で」、大貫妙子の「横顔」、小室等の「夏が終る」、THE BOOMとの矢野の「それだけでうれしい」、糸井重里の「SUPER FOLK SONG」、THE BOOMの「中央線」、セルフカバーの「PRAYER」などの収録風景と、関係者のインタビューが収録されている。

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