鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎

2023年11月17日(金)公開 全国ロードショー

地方の旧家で起きる連続殺人事件に妖怪の気配

鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎

■あらすじ

 昭和31年。龍賀製薬の創業者として、戦前から政財界に睨みをきかせてきた龍賀一族の当主・龍賀時貞が亡くなった。現社長は彼の長女と結婚して婿入りした龍賀克典で、一族の次期当主も克典が有望視されていた。だが龍賀家には病弱で引きこもりがちな長男・時麿がいて、実際の当主が誰になるかはまだ流動的だ。

 帝国血液銀行に勤める水木は、最大の取引先である龍賀製薬との関係をより強固なものにするため、現社長への当主継承を後押ししようとする。そのため向かったのが、龍賀一族の拠点となっている哭倉村(なぐらむら)だ。

 一族が集まった大広間で、時貞の遺言状が開封される。だがそこで次期当主に指名されたのは、克典ではなく時麿。しかしそれは、孫の時弥が成人して当主になるまでの中継ぎだという。入り婿として肩身の狭い思いをしていた克典は、この遺言に不満を漏らす。

 事件はその夜に起きた。新当主の時麿が、何ものかに殺されたのだ……。

■感想・レビュー

 水木しげる生誕100周年記念事業の一つとして企画された、長編アニメーション映画。人気作品「ゲゲゲの鬼太郎」の前日譚(プリクエル)となるオリジナルストーリーだ。

 映画の最後に原作マンガ「墓場鬼太郎」の第1話「幽霊一家」が一部引用されて映画とつながるようになっているが、原作にそのまま直結するわけではない。本作のベースになっているテレビ版「ゲゲゲの鬼太郎」も、原作を尊重しつつある程度の距離を取っているわけで、映画もそれと同程度には原作から離れているということだろう。

 物語は山間の小さな集落に暮らす大家族の当主が亡くなり、その跡目相続で次々に猟奇的な殺人事件が起きるのだが、それを村の外からたまたま訪れていた男が解決するという探偵ものの筋立てになっている。これは横溝正史の金田一耕助シリーズで、作り手も映画『八つ墓村』などは意識しているようだ。といっても、水木は金田一ではなくただの狂言回し。金田一に該当するのは、鬼太郎の父である「ゲゲ郎」だと思う。

 映画のテーマになっているのは、「戦前の亡霊」との対決だ。それは大きな話としては「家父長制」と「個人を犠牲にした家族主義や国家主義」であり、女性を子を産む機械としてしか考えない「女性蔑視」だ。

 主人公であり狂言回しでもある水木は、戦時中に玉砕命令を受けながら九死に一生を得た経験から、極度の人間不信になっている。既存の価値観や道徳観を信頼せず、他人を押しのけ踏みつけてでも、徹底して利己的に生きようとするアプレゲールの成れの果て。だがそれは戦後に生まれた「新たな人間像」ではなく、戦争という巨大な暴力装置を作った「戦前の亡霊」の縮小再生産でしかない。

 水木は「戦前の亡霊」と戦うことで、自分の中にある「戦前の亡霊」を乗り越えて行く。こうした「亡霊」は、言うまでもなく現代日本にも生き残っているだろう。その点でこの映画は紛れもなく「今の映画」になのだ。

丸の内TOEI(スクリーン1)にて 
配給:東映 
2023年|1時間44分|日本|カラー 
公式HP:https://www.kitaro-tanjo.com/
IMDb:https://www.imdb.com/title/tt16270512/

映画『鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎』オリジナル・サウンドトラック

川井憲次(アーティスト)

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