極道大戦争

6月20日(土)公開予定 TOHOシネマズ新宿ほか全国ロードショー

三池崇史がやりたい放題にやっちゃった

極道大戦争

 ひとりで数十人の敵に囲まれながら、それをすべて倒したという伝説のやくざ神浦。やくざ相手なら鬼にもなるが、堅気衆には優しい昔気質の男だ。彼に憧れて子分になった影山亜喜良だったが、神浦はある日街にやって来た謎の男たちによって殺されてしまう。だが死んだはずの神浦の首は「わが血を受け継いで、ヤクザ・ヴァンパイアの道を行け!」と叫んで影山の首に食らいついた。血に飢えたヤクザ・ヴァンパイアに生まれ変わった影山は、街行く人たちに次々食らいついて血をすすり、血を吸われた街の人たちもヤクザ・ヴァンパイアに変貌していく。やがて街は古くからのやくざと、新たにヤクザ・ヴァンパイアになった者たちばかりになってしまう。堅気がいなくなれば、いずれやくざは飯の食い上げだ。神浦を殺した男たちは影山を倒すべく、地上でもっとも残忍なテロリストを送り込む。ヤクザ・ヴァンパイアの能力が完全に覚醒する前に、影山を倒さねばならない!

 リリー・フランキー演じる神浦が、大勢のやくざたちをバサバサ斬り倒していくオープニングの大立ち回りがすごい。ここで既に神浦が人間ならざるものであることが提示されて、やくざ映画とヴァンパイア映画のハイブリッドというアイデアも明らかになっている。だがこの映画、ここから次々に観客を欺き裏切っていく。やくざとヴァンパイアという基本線こそぶれないのだが、それ以外はもうワケがわからないハチャメチャな世界なのだ。映画を観ている観客はどんな時も、ある程度はストーリーを先読みしながら観ている。そして多くの場合、それが意外な形で裏切られることはあまりない。東に進むと思っていたら東北東に進んでいたとか、その程度のずれはあるだろう。だが東に進むはずが北に行っていたとか、あろうことか西に進んでいたということはまずない。そんなことをすれば、物語が破綻してしまうからだ。だがこの映画は平気でそれをやる。しかも何度もやる。

 これは三池崇史の映画にはしばしばあるものだった。この映画はそうした三池作品らしいストーリーの奔放なうねりを、確信犯的に徹底していった作品だと思う。初期の三池作品ではこうした奔放さがもっぱら「予算の制約」によって不可避的に生み出されていた部分もあるのだが、今回の映画はわざわざたっぷり時間とお金をかけて、意図的にそれを生み出しているところがすごい。しかもしれが、わざとらしさやあざとさを感じさせない。映画を作っている側も演じている側も、三池ワールドの奔放さに徹底して身を委ねて付き合っている。三池作品の素材になりきろうとしている。やくざとヴァンパイアというきわめてB級映画らしいモチーフを扱いながら、この映画は三池崇史という映画作家の個人的な感覚によってのみ成立しているアート作品なのだ。そのためこの映画を観る観客にも、三池崇史の世界に身を委ねる覚悟が必要だろう。観客もまた開き直らなければならない。

楽天地シネマズ錦糸町(シネマ2)にて
配給・宣伝:日活
2015年|2時間5分|日本|カラー|シネマスコープ
公式HP: http://www.gokudo-movie.com/
IMDb: http://www.imdb.com/title/tt3675748/

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