遺言 / ニート・オブ・ザ・デッド

6月13日(土)公開予定 ユーロスペース

ゾンビをテーマにした短編映画2本

ニート・オブ・ザ・デッド/遺言

 謎のウィルス感染で世界中にゾンビが出現。徹底したゾンビの隔離と駆除で世界には再び秩序が戻ったが、ゾンビ化した家族を処理できずに隠す例がまだ残っていた。京子もそんなひとり。ゾンビ化した夫をベッドに縛り付けたまま、回復を期待するわけでも、処理してしまうわけでもなく時間だけが過ぎていく。夫婦の友人だった佐藤はゾンビの処理組織で働いているが、そんな京子の行動をただ見守ることしかできない。(遺言/32分)

 世界中にゾンビが出現した時、夫婦は家に籠城しようと考える。家族は夫婦のほかに、引きこもりの息子と寝たきりのおじいちゃんだけだ。家から出なければ感染の危険はない、はずだったのだが……。引きこもりのくせに隠れて外出していた息子が、いつの間にかゾンビ化して寝たきりの祖父に噛みついていたのだ。はたして夫婦は、「寝たきりゾンビ」と「引きこもりゾンビ」から逃げられるのか?(ニート・オブ・ザ・デッド/38分)

 『遺言』はゾンビ出現による世界の荒廃やパニックではなく、それらが一段落して再び秩序と平和を取り戻した世界を舞台にしているのがユニーク。ゾンビが社会から排除された後も、社会の中や人々の心の中にその傷痕が残り続けている。例えば映画の中では、ゾンビ処理を行っているのが警察や自衛隊などの公的機関ではなく、私服を着た自警団の男たちになっている。ゾンビから身を守るという目的のためだろうが、一般にも銃器が出回る社会になっている。これが社会的な傷痕だ。ヒロインの京子は自分を助けるために夫がゾンビ化したことに自責の念を抱き、友人の佐藤もこの件に関しては良心の痛みを感じている。この映画は一組の夫婦とその友人を焦点にした小さなドラマだが、この世界観はもっといろいろな応用表現が可能なものだとも思う。もう少し視点を広げて行けば、「大災害で多くの人命が失われた後の世界」の寓話として長編映画にすることも可能だと思う。

 『ニート・オブ・ザ・デッド』は新作落語みたいな世界だ。登場人物は家族4人。だがひとりは寝たきりで言葉を発することもない老人ゾンビ、もうひとりは引きこもりの青年ゾンビ。そのため会話をしているのは夫婦しかいない。この映画は世界のゾンビ化という大災害の中で、夫婦関係がどうなるかというお話なのだ。夫はゾンビ化した家族を見捨てて逃げ出したい。妻は義父はともかく、息子とだけは一緒にいたいと願う。やがて浮かび上がってくる、妻の夫に対する不平不満の数々。ゾンビの大量発生という非日常と、円満な家庭生活の維持という日常がぶつかり合って、「今この状態でそんなこと言ってる場合か!」というナンセンスで不条理な世界が広まっていく。しかし一番ナンセンスなのは、ゾンビが出ようが何だろうがとりあえず会社には行く……というサラリーマンの習性だ。僕は同じ風景を、阪神淡路大震災の時も、東日本大震災の時も、テレビで見てるけどね。

ユーロスペース試写室(ユーロライブ)にて
配給:オムロ
2014年|計1時間10分|日本|カラー
公式HP: https://twitter.com/neetyuigon
IMDb: http://www.imdb.com/title/tt4510844/ (ニート・オブ・ザ・デッド)

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