KESARI ケサリ 21人の勇者たち

8月16日(金)公開 新宿ピカデリーほか順次公開

サラガリ砦の攻防はインド版アラモの戦いだ

 19世紀末。イギリス統治下のインド北部。現在はパキスタン領になっている山岳地帯の警備を任されているのは、少数のイギリス仕官とシク教徒の兵士たちだった。シク教徒のイシャル・シン軍曹は、上官の命令に逆らってパシュトゥーン人女性を救出したことから、辺境のサラガリ砦に左遷される。サラガリ砦は小さな通信中継地で、隊長になったイシャルの部下は訓練の行き届かない20人のシク兵のみ。イシャルは大急ぎで彼らを兵士として鍛え直す。だが同じ頃、パシュトゥーン部族たちはイギリス軍への大規模な叛乱を企てていた。これまでは個別にイギリス軍と戦ったため、あっという間に蹴散らされてしまった。部族同士で連合軍を作り、周辺の砦を一つずつ攻撃すれば、圧倒的な数で優るパシュトゥーン人たちの勝利だ。最初の攻撃目標は、警備兵の数が少ないサラガリ砦。1897年9月。1万人のパシュトゥーン人たちが、イシャルたちの守る砦を取り囲んだ。

 辺境の小さな砦を守るため、21人のシク兵が、1万とも1万2000とも言われるアフガニスタン人部族と戦った「サラガリの戦い」の映画化。この戦いで守備隊は全滅するのだが、守備兵21人に対して、攻撃側は数百人が死亡という大損害を受けた。命がけで戦い抜いたシク教徒の部隊は勇猛さを讃えられ、この戦いがあった9月12日は、インドで「サラガリの日」として記念されているという。この戦いはインドのシク教徒にとっては馴染み深い事件だったようだが、それが大作映画として国民的な関心を集めているのは、現在のインドで人々が抱えている何からの意識によるものだろう。そのひとつは、最近になってまた緊張の度合いを高めているカシミール問題かもしれない。サラガリの戦いはイギリス統治下での出来事だが、映画の中では、シク教徒の兵士たちが英国のためではなく、全インド人を代表して、インド人としての誇りをかけてパキスタン人と戦うのだ。

 サラガリの戦いは、映画『300 〈スリーハンドレッド〉』(2006)に描かれたテルモピュライの戦い(紀元前480年)に対比されることがあるようだが、映画としてはジョン・ウェインの『アラモ』(1960)などに描かれたアラモの戦い(1836年)と同じだと思った。カリスマ的なリーダーに率いられた男たちが、圧倒的多数の敵に囲まれて絶望的な戦いに挑んでいく物語だ。主人公たちの圧倒的な不利と、最終的に全滅することは、映画の最初からわかっている。彼らは自分たちの死を覚悟しながら、それでも守らねばならぬ大義のために命をかけるのだ。しかしアラモの戦いでは200人前後の守備隊が、1600人の敵軍相手に戦った。人員差は8倍だ。それに対してサラガリの戦いは、たった21人の兵士が1万を超える敵を相手に戦った。戦力差は500倍。映画ではこの戦いの持つ意味が、あまり上手く表現されていなかったように思えて少し残念だ。

(原題:Kesari)

センチュリーシネマ(センチュリー1)にて
配給:ツイン
2019年|2時間34分|インド|カラー|2.35 : 1
公式HP: http://kesari-movie.com/
IMDb: https://www.imdb.com/title/tt6264938/

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